世話焼き刀華さん

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世話焼き刀華さん

唇になにかが触れた感触で目が覚めた。 「んんぅ?」 わたしの寝起きの声に、唇の感触は離れていく。 「ほら、ユウよ。起きぬか。今日は出発の日であろう。」 「んん。…ふわぁぁ。ねっむ…。」 「お主は本当に朝が弱いのう…。」 「あ、トーカおはよー。」 トーカはわたしの横で佇んでいて、微笑んでいた。ほんのり顔が赤い気がするけども、朝の運動でもしてたのかな?トーカって寝る必要ないし。 「ほれ、忘れぬうちに変化をかけるぞ。これから七日ほどは解けぬからな。」 「うげ…。そうだった…。気にせず尻尾出しててもいい世の中になってくれないかなぁ」 と、文句をたれるのは毎度のことでトーカもスルーをしてとっとと変化をかけてしまうほど、決まったやり取りだった。…寂しくないし。ぐすん。 それはさて置き、今日は出発だ。昨日の一日はとても濃い一日だった気がする。普段のわたしの生活からは考えられないくらいには。 「うむ、変化に問題はないぞ。服はそうじゃな。ブラウスにスカート、あとは黒いニーハイソックスでいいじゃろ。防具は適当に胸当てくらいしておけばお主なら問題あるまいて。」 「はいはーい。」 わたしの一日の始まりなんてのは、だいたいこんな感じである。トーカに起こされて、トーカに変化をかけてもらい、トーカに服を選んでもらう。そして、トーカに服を着せてもらうのだ。…あれ?わたし、なんかトーカが居ないとなにもできないような…?いや、そんなことはないはず、昨日だって一人で朝の支度したし…!一人でもできるもん!…あ、ちなみに寝る時は裸族です。服が擦れると落ち着いて眠れないので、はい。 わたしの脳内でアホなことを考えているうちにわたしの支度はほとんど終わっていて、今はトーカに髪の毛を梳かしてもらっているところだ。それも、もう終わりそう。 「今日は趣向を変えて髪を縛ってみようかの。以前にお主の言っておった馬の尻尾でいいじゃろ。」 「ポニーテールね。馬の尻尾だとなんか悪意あると思う。うん。」 よし。と言う言葉と共に、わたしの準備が終わったことがトーカから告げられる。どうやら今日はポニーテールらしい。この世界に鏡なんてものはないので、水を使ってとかしないと自分の姿なんて見ることはできない。少しどんな感じか気になったりするのでちょっと残念。 おっと、こんなのんびりしてる場合じゃなかった。顔を洗う為に部屋を出る。すると毎朝恒例のことがある。 「あら、おはようユウちゃん。今日は早いのねぇ。」 「あ、ジレさんおはよ。今日から七日ほど、依頼で出掛けることになったんだよ。部屋はそのまま借りててもいい?」 そう、ジレさんである。昨日が濃すぎて久々の登場な気もするけど、ジレさんとのこのやり取りは毎朝の日課と言ってもいいと思う。 「あらぁ。そうなの。部屋のことは全然いいわよ。気をつけて行ってらっしゃいな。また元気なお顔を見せてね。」 「うん、ありがと。それじゃ、顔洗ってくるね。」 行ってらっしゃい。ジレさんのおっとりした声を背に、いつも通り階段を降りて裏庭に向かう。トーカは部屋に居る。安息の宿の二人とは顔も合わせてるし、仲も良好だよ。けど、待ってるって言うから置いてきた。 建物と外を繋ぐ扉の前で、立ち止まる。え?別になにかあったわけじゃないよ?いやね、これ開いたらアレが居るでしょ?あれ?皆覚えてない?ほら、あのわたしのて… 「おう!ユウちゃんや!おはよう!」 「うっぐ……。」 そう…。天敵である太陽様がいらっしゃるんですよ。心構えをしようと思ったらコレだよ。ダビルさんめ、と少し恨みを込めた視線を向ける。うぅ…、太陽つおい…。 「な、なんだ?そんな目してどうしたんだ?」 「……いい。なんでもない。」 「あはははぁ…。なんだかユウちゃんがご機嫌ナナメだ。あ!そうだったそうだった!ジレに雑巾がけを頼まれてるんだった!すまないな!ユウちゃんまたな!」 声をかける間もなく颯爽と立ち去ったダビルさん。って!ダビルさんで隠してた太陽がッ!うぅぅぅ…………。 まぁ、あれから特に問題もなく。安息の宿を出た。今はトーカと一緒にエミール君との待ち合わせである東門へと向かっている。王都プラミールは、さすが王都となのかぐるりと壁に囲まれている。地上からはそう簡単に攻めることは難しく、更に魔道具の発達のおかげで壁の外側から上空にかけて強力な障壁が張られていたりもする。物理も魔法も防げてしまう超特別製だ。 もちろん、それだけに頼りきりってわけじゃない。元の世界で言う軍隊に変わって騎士団が居るし、障壁も門の内側にある重要な拠点や避難所、城なんかにも各自それぞれ展開されている。…皮肉にも元の世界より文化の遅れたこの世界の方が、魔法があると言うだけで鉄壁の守りを実現している。 待ち合わせが東門なので、ここで一つ説明すると、わたし達の住む冒険者区画は王都の南西に位置している。そして、中央にある大通りを挟んで南東に商業地区、更に大通りを挟んで北東に住居地区がある。その商業地区と住居地区の間の大通りの先にあるのが東門で、そこに向かっている。その道中で不意にトーカが口を開いた。 「主よ。儂は今回一緒には行かぬ。」 「へー…。へ?」 それは何事もなく告げられたけれど、わたしにとっては結構衝撃的な発言だった。トーカは自由行動を最近取るようになったものの、基本的にわたしから離れたがらない。それこそ、わたしの精神の平穏にかなり貢献してくれている。そのトーカが珍しく、七日という長期間の間、わたしの傍に居ないと言うのだ。わたしからしたら当たり前に一緒に来るものだと思ってたので、目からウロコ状態である。 「まぁ、そう驚くでない。ユウの意思があれば儂はいつでもユウの傍に現れる。じゃが、最近この王都で不穏な動きがあっての。そちらをお主の影と共に排除しておこうかと思ったのじゃ。」 ふむ…。たしかに昨日、ペウロがそんなような事を言っていた気がする。なんだろう?わたしは不思議で仕方なかった。言い方は悪いけど、わたしの影もトーカも些細な事は気にも留めない。強いて言えばわたしに関係するような事で過敏に反応するくらいだけど…。 ここは逆に考えよう。影とトーカがそれほど気にする事案がこの王都で起きている。その対処をわたしの不在の間にしてくれると言ってくれているのだ。うーん。 「その…、大丈夫だよね?」 「ふふ。大丈夫じゃ、儂もお主の影も第一優先はお主と共にある事じゃ。手に負えぬような事態になれば、きちんとお主の力を借りる故、そう心配することもあるまいて。」 トーカがそう言うのだ。共に居る者として信頼するのが筋なんだと思う。わたしは、トーカにわかったと意思表示をする為に頷いてみせた。 そうこうしているうちに、東門が見えてきた。まだエミール君は見当たらないけども、これから乗るであろう馬車は居る。その近くに見知った顔もあった。 「あ!ユウ!こっちよ!」 綺麗なエメラルド色の長い髪を揺らして、全身を使ってわたしに手を振るエルフが居た。フィーナだ。 「あれ、なんでフィーナが居るの?ギルドのお仕事は?」 「少しの間お願いして抜け出して来たのよ。これから七日もユウと会えないなんて、考えただけでも悲しくなるからせめて出発のお見送りくらいはしたいなと思って来たわ。」 フィーナ、かわいい…。感極まったわたしはフィーナの豊満な胸へと頭を埋めるように抱きついた。 「へ!?ど、どうしたのかしら?ユウ?」 「…あの冒険者の男が居るとはいえ、久方ぶりの一人旅になるのじゃ。寂しくなっておるのじゃろ。」 「ん?トーカ、あなたが着いて行くんじゃないのかしら?」 「行かぬ。儂はここでやる事があるのでな。」 フィーナは突然わたしを強く抱き締めると、トーカに怒りだした。 「ふざけてるの!?ユウを一人であの聖女に会わせるつもり!?バレたらどうするのよ!」 「ユウも分かっておるはずじゃ。注意を払うじゃろうて。」 「それなら、わたしが着いて行くわ!」 「待って。フィーナそれはダメだよ。フィーナが強いのは知ってるけど、ギルドのお仕事はちゃんとしないとダメ。」 わたしの言葉に何も言い出せなくなったフィーナは歯軋りをしながらも黙ってくれた。抱き締めたままだけど。 そんなやり取りをしていると、エミール君がやって来た。 「ユウ!お待た…せ…?」 なぜだか、困惑していたけどこれで出発できる。
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