オーク夜襲作戦

1/1
前へ
/33ページ
次へ

オーク夜襲作戦

「エミール君。眠いんだけど。」 「あはは…。早めに終わらせて休もう。あちらは任せておいても大丈夫なはずだから。」 わたしとエミール君は夜の森を歩いていた。先頭をエミール君が歩いて、道なき道を腰に刺してあった刃がギザギザとしたダガーで切り開いていく。その後ろをわたしがついて行ってる。 ギルドでの話し合いの結果、対処を早めにという事でセシリアの言っていた隊の編成が行われた。と言ってもレリオが、聖教騎士団チームと冒険者チームの二つに簡易的に分けただけだったけど。 魔獣も生活サイクルは動物とさして変わらない。それを利用して夜襲という形で一気にケリをつけようという作戦だった。 わたし達冒険者チームは二人だけど、そこはシルバー冒険者とプラチナ冒険者だ。渋るセシリアにそう説明すると、ドベルさんとエミール君と同じように驚かれたが、それならとセシリアも納得してくれたようだった。 そして今、わたしとエミール君はオークの巣の殲滅を任されている。 「そろそろオークの巣があるとされてる場所だよ。…それで、確認なんだけど。僕が弓で援護で、ユウが突撃するってことで本当に大丈夫?」 「大丈夫。わたし近接戦の方が得意だし。エミール君には巣の殲滅が終わるまで周囲の警戒と漏れがないように見ていてほしいんだよね。」 エミール君はわかったと答えて先へ進む。こういう所はエミール君のいい所だと思う。わたしって見た目はその辺の小娘となんら変わらないから、良く戦えるのか疑問に思われる事がある。疑問に思われれば、もちろんエミール君とのやり取りみたくスムーズに事は進まない。必ず反感を買うから。その点、理解があるエミール君と組めたのはこの依頼でとてもストレス無くできる。 それから数分。森をかけ分けて進んでいくと、先に歩くエミール君が止まった。振り返ってきたエミール君の口元には左手の人差し指が立てられていて、声を潜める。 「…ついた?」 「うん。聖教騎士団の調べ通りだね。ここから目視できる限り七体だよ。」 「ん。エミール君の準備ができたら突っ込む。」 短いやり取りの後、エミール君はさっさと準備を始める。ダガーを腰に戻して、背に掛けていた弓を取り出す。矢筒から矢を取り出し矢を番えると、腰を落としてわたしに振り向いて頷いた。準備完了だ。洗練された一連の動作は背を任せるのに安心できた。 さぁ、狩りの時間だ。 わたしは一度、エミール君に頷き返すとそのままエミール君を越えて歩きだす。 夜に奇襲を仕掛ける作戦は成功のようだった。オーク達は寝静まっている。魔獣は基本的に欲に正直だ。知能もそれほど高くない。上位個体が居るなら、また話は変わってきてしまうけど幸いにも上位個体は居ない。見張り番なんてものはなく、すんなりと接近できた。 わたしは右手に手刀を作って魔力を纏わせる。身体強化の一種なんだけど、これは邪道とも呼ばれている。性能はそこまで良くないし、魔力消費も大きい。ちゃんとした魔法でかけられた身体強化と比べると、どうしても見劣りしてしまう。でも、わたしにはコレしか身体強化なんて使えないのでコレを使うしかない。 オーク達は寝床という概念を持たない為、密集してその辺の地面で平気で寝る。いわゆる雑魚寝だ。わたしはそのうちの手前に居る一体に近づいて、手刀で頭を突き刺す。頭蓋の砕ける感覚と肉を裂く感覚。そして、脳を潰した感覚が伝わってくると手を引き抜く。これで、一体は死んだ。 音を出さずに倒すとなると、わたしにはこの方法しかない。…正直、あまり気持ちのいいものじゃない。きっと顔は凄い顔をしてると思う。それでも、トーカが居ない今はこの手段でやるしかないので次の目標へと歩きだす。残り六体。 ……五体目を倒した時、異変があった。生物の本能だろうか。一体のオークが突然起きた。それを確認したわたしは、まだ寝ているオークの元へ音も気にせず近づくと一刺し。それを見たオークは雄叫びをあげた。 「ブオオオオオッ!!!!」 「寝てれば良かったのに…。」 オークは立ち上がり、わたしに掴みかかろうと迫ってきた。わたしの背はそこまで高くない。少なくとも百六十には届いていないと思う。そんなわたしからすれば二メートルをゆうに越えるオークはとにかく大きい。どうしようかな、と暢気に考えていると後方から矢が飛んで来て、オークの左目に突き刺さった。 突然の出来事にオークは一瞬なにが起こったのか分からなかったと思う。気付いて叫ぼうとした時にはもう遅かった。刺さった矢が不自然に更に深く突き刺さった。たぶん、風の魔法だと思う。押し込まれた矢は脳に届いたのだろう。オークは一度ビクンと体を跳ねさせた後、その巨体を倒した。 わたしはそれを確認してから、腕に付けてある魔道具に魔力を流し込む。 「浄化」 発動と共に、一瞬だけわたしの全身が光に包まれる。光が晴れるとわたしの右手にあった不快感は無くなって、綺麗な服と手が目に映った。わたしは背後を振り返り、こちらに歩いてくる人物に話しかける。 「ナイス援護。ありがと。」 「ユウこそ、見事なお手前だったよ。」 そう、言葉を掛け合いオークの巣は壊滅した。数も少なく、夜襲をかけたのだからこんなものだろうと思う。エミール君が討伐証明として、オークの豚鼻を切り取って麻袋に詰めている中、わたしは話しかける。 「聖教騎士団が言ってた通り、こっちには村の連れ去られた人達は居なかったね。…まぁ、こんな森の開けた場所で個体数もこれだけじゃ大した脅威にはならないけど。」 「それでも、早いうちに巣を壊滅できたのは良かったと思うよ。…連れ去られた人達はきっとゴブリンの巣の方だね。洞窟に巣を作って統率者が居るみたいだけど、ユウはどう思う?」 わたしは少し考えてからエミール君の質問に答えた。エミール君の求めている答えは、きっと聖教騎士団のみで掃討できるかどうかという事だと思う。そして、わたし達も向かった方が良いのか。 「聖女は直接の近接戦は戦えないけど、強力な聖属性魔法が使えるし騎士長レリオも性格はあんなだけど腕は確かだよ。問題はゴブリンの統率者がいったいどんな個体かによると思う。」 「普通に考えたらハイゴブリンとかゴブリンキングだよね。」 ハイゴブリン、ゴブリンキングはゴブリンの上位個体で一定の経験を積んだゴブリンが変異を起こして出現する。普通のゴブリンとは比べ物にならない程の戦闘能力や知識を手に入れるけど…。 「でも、引っかかるね。仮にゴブリンキングが現れていたとしても、オークと共闘したり、獲物をオークじゃなくてゴブリンが持ち帰るなんて事はできないはず。」 そう、実はあっさり倒してしまったオークだけどゴブリンとは地の強さが天と地の差程ある。ゴブリンキングが現れたとして、このオーク七体を従えるなんて事はまず無理だ。 なにかが引っかかる。 「わたし達も合流した方がいいと思う。」 「わかった。ならこの場のオーク達を焼却して向かおう。」 そう言って、エミール君がわたしの代わりにオーク達を焼き払ってくれた。わたしの魔力の特異な体質について話してあったので、気を利かせてくれたんだと思う。素直にありがたいのでお礼を言ってから、わたしとエミール君は聖教騎士団の居るゴブリンの巣へと歩きだした。 なんとなく嫌な予感がする。もしかすれば、わたしも制限を外さなければいけないかもしれない。そんなザワつきを胸に抱きつつ、なにも起こらないことを祈って歩を進める。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加