ゴブリンキング

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ゴブリンキング

▽聖女セシリア・メル・フォールン いったいどこまで続いているのでしょう。先のわからない不安とエマ様を含む村の連れ去られた方々の無事に焦りを隠せない私達は、あの凄惨な広場から強行を続けていました。 休息を取ることより、救出を優先している私達はきっと正常な判断ができていないと思います。分かっていても、進み続けなければならない、そんな予感がしていたのです。 「セシリア様、体の方は大丈夫ですか。俺たちは騎士です。鍛えている俺たちにはこの強行もなんとかなりますが…」 「お気遣いありがとうございます。私のことは気になさらないで下さい。今は進み続けましょう。」 私を気遣うレリオの表情も、疲労は隠せていませんでした。他の団員の方々も疲れていることでしょう。この巣にゴブリン達はいったいどれだけ居るのか…。これまでの道中でも、ハイゴブリンやゴブリンとの戦闘は幾度とありました。 これまでの事で、もはや確信めいた事があります。それはこの巣を統率する存在は、ほぼ間違いなくゴブリンキングでしょう。ハイゴブリンがこれだけ居るということは、ハイゴブリンより上位個体であるゴブリンキングが統率していないと、おかしいのです。 ゴブリンキングの戦闘力は、オークに匹敵するとも、それを凌駕するとも言われています。定かではないのは、目撃情報があまりにも少ないからです。そんな相手を想像してしまうと、勝てるのか?という疑問もありますが、なんとしてでも打ち倒さなければなりません。 「声…」 ゴブリンキングにどう立ち向かおうかと、思考を巡らせていると、先頭を行くレリオが呟きました。 「レリオ…?」 「セシリア様、耳を塞いでいた方がよろしいかと。」 レリオの忠告を聞くも、どうしてそのような事を…と考えているうちに私にも聞こえてきてしまいました。 絶望の声を。 泣き叫び、助けを求める声。高い声質から女性だと直ぐにわかりました。いったい何が行われているのか。…いえ、ここは真実に目を向けるべきでしょう。 「レリオッ!」 「わかっております!総員、戦闘態勢!これよりエマと囚われた女性の救出に向かう!気を抜くなッ!厳しい戦いになるぞ!」 騎士長レリオには、騎士としての豊富な知識と経験があります。彼にはこの先で待ち受ける脅威を感じ取ることができたのかも知れません。 走りだすレリオと団員達、私も遅れを取らないように走り出します。徐々に大きくなる叫びの声。進むにつれて鼻を刺すような、噎せ返るような臭い。この状況でも、無事でいて欲しいと願ってしまうのは、愚かなことでしょうか…。 開けた場所にでました。最初に目に映るのは、凄まじい数のハイゴブリンとゴブリン達。十や二十どころの数ではありません。そして、壁際に打ち捨てられたようにお腹を膨らませた女性の裸体が数人。それだけでも、私達の心には深刻な衝撃が走りましたが、直ぐに聞こえてきた声に、息を呑みます。 「やめろぉぉぉぉッ!わたしは騎士だッ!辱めを受けるくらいなら殺せぇぇぇぇッ!」 今、まさにエマ様がゴブリンやハイゴブリンに囲まれて鎧や衣服を毟り取られようとしていました。動いたのはレリオです。 「貴様らぁぁッ!俺の部下になにしてやがるッ!」 走り出したレリオは長剣を右手に持ち、悲劇が起きようとしている場所に突っ込んでいきます。 立ちはだかるゴブリン達、その醜悪な顔はこれから起きる凄惨を楽しんでいるような、レリオの行動を嘲笑うような、そんな顔をして十体ほどが立ち塞がります。 「邪魔をするなぁぁぁッ!」 憤怒を纏い、更に速度をあげるレリオ。爆発的とも言える魔力の増加を感じ取ることができました。 「どけぇぇぇぇえええ!紅蓮の一閃(クリムゾン・スラッシュ)ッ!!!!」 まだ、距離が…と思うも、迂闊でした。レリオは燃えたぎる長剣を横に振りかざします。まるで意志を持ったような紅蓮の炎が立ち塞がるゴブリン達に襲いかかり、いとも容易く焼き切ってしまったのです。 「おおッ!レリオ様に続け!エマ様を。村の娘共を奪還するぞッ!!」 団員の一人が叫びました。私もその声に唖然としていた意識をハッキリとさせて、団員達と共にレリオの道を切り開く為、魔力を練りながら走り出します。 「浄化の光よ、彼の者を撃ち貫けッ!聖なる法撃(ホーリー・カノン)!!」 先程の広場のように辺りを気にする必要もありません!全力で放った私の白き光線は、三本。その威力も光線の太さも、先程とは段違いです。 私の法撃は、走るレリオを追い越し、エマ様に群がるハイゴブリン達の上半身を焼き、消し去りました。 「セシリア様!感謝しますッ!」 そこに怒涛の勢いで、紅蓮の炎を纏った長剣を振りかざしながら、レリオは到達します。 「エマッ!無事かッ!」 「わたしは大丈夫ですッ!それより退避を!この巣の統率する者はゴブリンキング…」 エマ様の声は最後まで聞くことはできませんでした。ゴブリン、ハイゴブリンの集団をかき分けてこちらに進んでくる、一際存在感の大きい魔獣。ゴブリンキングが現れたのです。 「やはり、ゴブリンキングでしたかッ!レリオ!今すぐエマ様と村の方々を連れて、こちらへ!撤退戦をしつつ相手の数を減らしましょう!これは冒険者様方と協力すべきです!」 「はっ!エマはなんとか歩け!他の団員は村の娘共の身柄の確保!俺は道を切り開く!」 こうして、撤退戦が始まりました。私はゴブリンやハイゴブリンをレリオに任せて、ゴブリンキングと対峙します。あの魔獣を倒せば脅威は格段に下がる事でしょう。 ゴブリンキングは成人男性程の背丈がありました。ハイゴブリンよりも背は低いですが、警戒を緩めることはできません。ゴブリンキングは冒険者様から奪ったであろう、武器防具を装備していたのです。…なんと知恵の高い事か…。 鎧を着込み、円盾を構えながら右手に刃こぼれの激しいショートソードを持っています。 「ガァァァアアッ!エモノ!カエセッ!」 なんと!人語を理解するのですか!驚愕をしましたが、そちらに気を割いている場合では、ありません!ゴブリンキングはこちらに走り出して来たのです。 「ッ!浄化の光よ、彼の者を撃ち貫けッ!聖なる法撃(ホーリー・カノン)!!」 先程の戦闘で、ハイゴブリンに有効だった。法撃を放ちます!一体だからと言って威力を弱めるつもりはありません! 三本の法撃のうち一本は、ゴブリンキングの構えた円盾に防がれてしまいましたが、おかげで円盾は破壊。もう一本の法撃はゴブリンキングが打ち落とそうとショートソードを振りますが、こちらもショートソードと共に消失。最後の一本は、ゴブリンキングの左胸を貫きましたが、ゴブリンキングは止まる様子がありません! 「セシリア様ッ!」 レリオの声に、硬直していた体が動きました。近接戦の得意ではない私は下がろうと、後ろに足を伸ばしますが、足場の悪い自然の洞窟。足を取られて尻餅を着いてしまいました。 ブォォンッ 先程まで、私の居た場所にゴブリンキングの発達した腕が通りました。あんな威力の攻撃を受けてしまったら、鍛えていない私の体はひとたまりもなかったでしょう。ですが、安堵もしていられません。依然として危機的状況には変わりないのですから。 鼻息荒く、こちらを見るゴブリンキングと目が合いました。私は咄嗟に魔法を放ちます。 「裁きの光(ジャッジメント)!」 咄嗟のせいか、制御が上手くいかずゴブリンキングの右肩に深く突き刺さった。光の杭。堪らずゴブリンキングは叫びますが、まだまだです! 「裁きの光(ジャッジメント)裁きの光(ジャッジメント)裁きの光(ジャッジメント)裁きの光ぃッ(ジャッジメントォ)!!」 制御がうまくいかないのなら、数を撃つまでです!魔力の急激な消費に脱力感を覚えつつも、撃ち続けます。光の杭はゴブリンキングを正面から貫き、背後からも貫き、頭上からも貫きました。 頭を貫かれたというのに、ゴブリンキングはこちらに手を伸ばしてきます。なんという生命力でしょう。 「セシリア様ッ!紅蓮の一閃(クリムゾン・スラッシュ)!」 私の元へ駆けつけたレリオの一閃に、首を跳ね飛ばされたゴブリンキングは、ようやくその命を散らしました。 「はぁ…はぁ…ありがとうございますレリオ…。」 「いえ、さすがはセシリア様です。あのゴブリンキングをあそこまで追い詰めるとは。なんにせよ、これで最大の脅威は取り除かれました。ここは一時撤退して、残党の掃討を後ほどやりましょう。」 「えぇ…そうですね…」 魔力の激しい消費に、体が上手く動きません。安堵からもきているのかもしれませんが、ここはレリオの言う通り、撤退がいいでしょう。 「お、お待ちください!安心してはいけません!」 突然、エマ様が叫びだしました。なにかに焦るようなそんな声に、私とレリオは疑問を抱きつつも、ここはまだ巣なのだ。と自分で納得して立ち上がりました。ですが、レリオ違うように感じたようです。 「エマ、どういうことだ?」 「はっ!この巣の統率者はゴブリンキングなどではありません!奴等は魔獣の中でも上位個体である。魔の者です!」 それを聞いた私とレリオは思わず、ゴブリン達を振り返りました。何故かそうするべきだと思ったのです。 振り返って見た光景は、ゴブリンキングが数体とゴブリン達の真ん中に居る、黒い球体でした。
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