戦いの痕跡

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戦いの痕跡

▽黒き少女 ユウ・アトライト わたしとエミール君は、聖教騎士団が向かったゴブリンの巣へと辿り着いた。見張り番が二体、見回りなのか中から迎撃の為に出てきたのか二体…いや、後ろから倒されてるようだから元々外に居たのかな?死骸をそのまま放置してる感じからして、わたし達と同じように全て片付けてから処理するつもりなんだと思う。 「ユウ、これは異常だよ。いくら統率の取れたゴブリンでも、こんな見張りや見回りなんて…まるで、人じゃないか…。」 あぁ、そっか。普通の人ならエミール君のような反応になってもおかしくない。わたしは魔獣と深く関わってきたせいか、こういう行動をする魔獣にも慣れてしまってたりする。 「んー。統率してる個体にもよるけど、こういう行動をする魔獣も居るよ。中の聖教騎士団も心配だし、中に入ろう。」 「僕もまだまだ未熟だね。うん、行こう!」 いや、ほんとエミール君って素直だよね。変に偏見も持ってないし、対応も柔軟だし、なにより固定概念があんまりない。わたしが思うに、こういう人間が人の上に立つべきじゃないかなって思う。凝り固まった思考は過ちにも気付かぬ愚者と一緒だって、わたしの知り合いも言ってたくらいだし。 まぁ、わたしのエミール君評価は置いといて、中に入れば至る所で戦闘の痕跡があった。魔法で狙撃された魔獣も居れば、近接戦になったであろう魔獣も居る。ここで違和感に気づきつつ、エミール君の成長の為にも聞いてみることにした。…結局エミール君なのは置いといて…エミール君面白いから仕方ない…。 「ねぇ、エミール君。」 「…ん?どうしたの?」 なにやら考え事をしてたみたいだけど、直ぐに返事を返してくれた。イケメンで優男とか好感度高いね、エミール君。 「いやね、この洞窟内部の状態を見てどう思ったのかなぁって。」 「どうって…。魔獣の数が多いなと思ったよ。そこら中で戦闘してるみたいだし…?待てよ…?おかしい、おかしいよユウ。」 どうやら気づいたみたいだ。わたしはなんか嬉しくなって微笑みつつ、先を促してみる。 「これじゃ、夜襲作戦の意味がまるでない。見張り番を倒した時にバレてしまった…とは考えにくい。それならそこら中じゃなくて、もっと入口付近で激しい戦闘になってるはずだ。そうなると、ゴブリン達は元々起きていた…?人と同じで夜は寝静まるはずなのに…?まさか、奇襲に気づいていた…いや、それならもっと警戒しているはずだし迎え撃つ姿勢なはずだ…」 おおっと、途中から一人で思考に入っちゃってるよ。でも、口から漏れている言葉はちゃんと的をいてる。さすがはエミール君、頭の回転も早い。ちょっと優秀すぎて怖いくらい。 「ゴブリンがその生態を崩してまで、指示に従っている。それってつまり、ゴブリン以上の強力な個体って事だよね。これだけ強制力を持つって事は、ハイゴブリンが統率者って線は無くなったわけだよ。それ以上の個体が居る。」 「なるほど…。たしかにハイゴブリン程度じゃ、こんな知識も強制力もない。それって事は、ゴブリンキングが統率者…?」 「そう決めちゃうのは早いと思う。その確認をする為にも先を急ごうよ。」 頷くエミール君に満足するわたしは、そのまま洞窟の奥へと歩きだした。戦闘の痕跡をこれ以上調べても仕方ないし、なにより聖女も騎士長も魔獣との場数が足りない。経験のない者達にとってこの状況は最悪だ。救援を急ぐ必要があると思った。 洞窟内部を進んでいくと、徐々に魔獣達が集団行動を取っていることがわかってきた。聖教騎士団もこの辺りからだいぶ苦労し始めたようで、戦闘の痕跡も激しさを増している。 それを見たエミール君は息を呑んでいる。その反応も無理はない。シルバー冒険者が集団戦をこんな短期間で連戦するのは、いくら相手がゴブリンでも骨が折れると思う。 わたし達はゴブリンの死骸達を横目に、どんどん先へ進んでいく。思ったより、洞窟は広く深い。ある程度進むと洞窟に変化が訪れた。 「坂…地下へと続いている…?」 「みたいだね。聖教騎士団もわたし達を待ってから進めば良かったのに、なにかあったのかな?」 「わからないけど、進んでみよう。この洞窟はシルバー冒険者くらいの実力じゃ、全然足りないよ。最低でもゴールド冒険者…それも中堅以上じゃないと厳しい…。騎士団が心配だ。」 エミール君の評価は正しいと思う。シルバー冒険者が小遣い稼ぎに依頼をするには、ここは死地だと思う。逃げるだけならまだしも、殲滅しつつ進んでいくとか、まず無理。 ここで、足を止める理由もないので地下へと足を進める。暗いなと思ったけど、わたしは曲がりなりにも狐だ。暗闇でもそんなに問題なかったけど、エミール君は人間なので明かりが必要だった。でも、明かりをつけるまでもなく明るい広場に出た。 「ここだけ、空気が薄い。なにかを燃やした後もあるね。なにかがあったのかな?」 「地面の血痕の量が多いよ。きっとここは、犠牲になった人が居るんだと思う。それが、聖教騎士団なのか囚われた人達なのかはわからないけど…」 「今は分からないね。でも、分かったこともあるよ。エミール君、見て。ハイゴブリンが倒れてる。それも一体じゃない。」 「っ………。」 エミール君が絶句している。内心はかなり焦っていると思う。 何度も言うけど、ハイゴブリンやゴブリンキングはゴブリンの上位個体であって、様々な知識、経験を得て変異した個体だ。言い方を変えれば特殊個体。元いた世界の言葉を借りれば、レアモンスター。ここまででわかって貰えたら嬉しいけど、はっきり言えば巣に一体、二体居れば凄いと言われ脅威となる個体が、ここには四体もいる。どう考えてもおかしいよね。 ―――まぁ、レアモンスターがうじゃうじゃ居る場所はたしかにある。あるけど、それは土地による魔素量の関係で、こんな人里に近い領域でそんなに濃い魔素量のある場所なんてあるわけじゃないし…――― ピクッと、突然聞こえてきた音にわたしの耳が反応したのがわかった。声は洞窟の奥から。徐々に近付いてきてる。聖教騎士団かな?とも思ったけど、足音からして一人じゃないかなこれ。とりあえず身構えつつ、洞窟の奥へと続く通路へ歩きだしながら、エミール君に声をかける。 「エミール君。なにか、奥から来るよ。大丈夫だと思うけど、警戒はしておいてね。」 「うん。わかったよ。」 体は洞窟の奥へと続く方へ向けながらも、横目でエミール君を見る。そこには、最初に腰の剣に触れながらも直ぐに背中にある弓へと持ち替えて、オークの時のように流れるような動作でいつでも迎撃できるように弓に番えた矢尻は地面に向けている。それを確認したわたしは再び視線を正面へと戻す。どうやら、思い過ごしだったみたい。荒い息遣い、焦っているのか足取りも危ない。そして、その音の主は姿を現した。 「はぁ…はぁ……ッ!敵ッ!?……あッ…。」 「ギャギィィィ!!」 女性の騎士だった。後ろばかり気にしていたのか、正面に突然現れたわたしとエミール君に驚愕の表情を浮かべて、警戒を示すも直ぐに後ろから追って来ていたハイゴブリンに意識を戻される。警戒に一度動きを止めたのがいけなかった。追いつかれた女性の騎士は、今まさにハイゴブリンに殴られようとして…――わたしが割り込みハイゴブリンの頭を右手で鷲掴み、地面に叩きつけた。 追手がこのハイゴブリン一体って事を確認してから、地面に押さえつけているハイゴブリンの頭を潰す。いや、実際は潰すってより抉り取るの方が近いかも、ほらわたしって手もちっちゃいし。 動かなくなったハイゴブリンを一瞥して、女性の騎士に振り返りながら、声をかける。 「エマさんだっけ?救援にきたよ。」
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