ズルいあなた

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ズルいあなた

▽黒き少女ユウ・アトライト 「ユウ様…?エミール様!救援感謝します!あ、いえ!それよりも!あの!」 「エマさん、落ち着いてください。僕とユウがここに来たのは聖教騎士団の皆さんの救援が目的です。」 エマさんの慌てっぷりは凄いもので、頭を下げたり、なにかを伝えようとしたりあたふたしていた。それを、見るに見兼ねたエミール君がエマさんに声をかけたんだけど、エマさんがすいません、と落ち着いたのを見計らってエミール君はまた口を開いた。 「そうですね…。エマさんの様子を見る限り、緊急時というのはわかります。ですが、状況を簡単でいいので説明をお願いできますか?僕達の今後の動きに関わりますので。」 「は、はい。お見苦しい所をすいません。現在、洞窟最奥にて囚われた方達を保護し、彼女たちを護る為に、聖女様とレリオ様が魔獣と交戦中です。」 さすがは鍛えられた騎士なんだろうけど、落ち着きを取り戻してからのエマさんの説明は聞き取りやすい。現在の状況についても、予想の範囲内だし少し安心した。けれど、エマさんの慌てっぷりと救援を求めてエマさんを離脱させた事を考えると、あまり良くない状況なのはわかる。 「交戦中ですか…。エマさんの様子を見るに、魔獣はそれほど強い統率者だったと?」 「…申し訳ありませんが、統率者については一切わかりません。交戦している魔獣はゴブリンキングが数体とハイゴブリン、ゴブリンが多数です。」 絶対絶命っぽいのは、理解。そもそもゴブリンキングがそんなに大量発生してるのはかなりおかしい。ハイゴブリンが多いのはまだわかる。目をつぶれる範囲だけど、ゴブリンキングは違う。それにゴブリンキングは統率者じゃないっていうのも引っかかる。 「ゴブリンキングが複数体…。…統率者がわからないと言っていましたが、姿も見てないと?」 「…いえ。一切の正体がわからないのです。奴は、黒い球体のような形をしていました。」 「黒い球体?それは本当?」 聞き捨てならない証言がでた。黒い球体だって?それはただの魔獣じゃない。いやでも、それならこの状況にも説明がついてしまう。目的はわからないけど。 「は、はい。ですが、それだけです。他にわかる事はありません。」 普通の人にはわからなくて当然だった。アレがなんなのか。関わることなんて、ほとんど無いに等しいわけだし。 状況が最悪なのは変わらないけど、わたしの中で事情は大きく変わった。今後の方針を簡潔にエミール君に伝える。 「エミール君、わたしは先行して救援に向かうよ。エミール君はエマさんを保護して、安全に来てほしい。そして、来たら聖教騎士団と保護された人達を率いて撤退して。魔獣達はわたしが対処する。」 「ぼ、僕がかい?それにユウだって、それは危険…いや、僕が言っても仕方ない事だね。でも、僕にエマさんや他の人を守って撤退する自信はないよ?」 わたしは解析(アナライズ)の発動準備をしつつ、エミール君に冷めた視線を送った。あまりに呆れたからだったけど。 「愚者は愚者と気付かぬから愚者である。これもわたしの知り合いから聞いた言葉だよ。」 「え…?」 「はぁ…。あのね、エミール君。君にも事情があるのはわかるけど、緊急時に隠しても仕方ないと思うんだよね。なんの為の力なの。わたしだって、それくらいは弁えて力を抑えているつもりだけど。とりあえず、任せたからね。」 言いたいことは言った。あとはエミール君次第。別にエミール君がそこまで頑張らなくても大丈夫だとは思う。ただの保険なだけだし。 そして、わたしはゲルダンを探した時のように解析(アナライズ)を発動させる。 「解析・周囲探索形態(アナライズ・モードエリアサーチ)」 んーと。洞窟最奥って言ってたよね。どれどれ?……お、居た。うわー、魔獣多いなぁ。セシリアの魔力は覚えてる。これだね。うんうん、ヤバそう。んで、黒い球体ってのはコレか。おーけー、わかった。 「エミール君、あまり失望はさせないでね。それじゃ、行ってくる。」 一度、エミール君を一瞥する。わたしの言葉になにかを言いたそうだったけど、無視。これ以上、時間をかけるのはセシリア達がヤバそうだし。 とりあえず、全身に魔力を行き渡らせて全力で走る。洞窟最奥へは、大してかからないと思うし。持ち堪えてね、セシリア。 ▽絶対絶命の聖女セシリア・メル・フォールン 「順番に魔法を放て!隙を作るな!」 「俺たちは掻い潜ってきたゴブリン共を押し退ける!進路は騎士長が切り開いてくれる!」 エマ様の救助の為に、魔獣の懐へと深く入り込んだ私達は絶対絶命の状況にありました。ですが、騎士団の皆様の士気は低くありません!レリオが指示をだし、魔法騎士はそれに応えて魔法を放ち続けます。近接を得意とする騎士は、魔獣が寄り付かないように切り払い、レリオは先陣を切って出口へと突き進みます。 私はゴブリンキングとの戦いで魔力の消耗が激しく、攻撃魔法は撃てそうにありませんでした。なので、私は保護した女性達に寄り添い、声を掛け、必要に応じて回復魔法を行使して出口へと導きます。 単身で救援を呼びに行ったエマ様は、消耗も激しかったので、このまま逃げてもらっても構いませんでした。呼びに行ったのは、冒険者様方です。ですが、冒険者様方が向かった先はオークの巣。ゴブリンキングと戦っても勝ち越してしまう程の戦闘力を持っています。こちらがこれだけ苦戦している以上、救援の望みは薄いでしょう。 ここまで順調に事は運んでいました。出口までもあと少し、保護した女性達にも安堵の空気が出始めた頃、事態は急変しました。 立ちはだかるはゴブリンキング。それも一体ではなく、三体。魔法騎士が応戦しますが、ゴブリンキングは器用に避けたり、ゴブリン達を使って接近してきます。 「魔法騎士!焦るな!敵はゴブリンキングだけではないのだぞ!」 魔法騎士がゴブリンキングに気を取られている間にも、私達を囲むハイゴブリンやゴブリン達は攻撃を仕掛けてきます。今は、近接を得意とする騎士達がなんとか抑えていますが、それも時間の問題でしょう。 陣形はジワジワと崩れていく。 戦いに素人の女性達でも、状況の深刻さを感じ取ったのか、不安の色が濃く出ています。レリオも奮戦していますが、彼は魔法を得意としません。魔力にも限りがあり、今は鍛え上げた剣技だけで応戦しています。ですが、相手はゴブリンキング三体。猛攻にさすがのレリオも厳しそうです。 私はこんな状況でも、戦えない。それは本当に悔しい事でした。生まれて初めて持った憎しみという感情。私の中でとてつもなく大きな存在となっていたあの方は、憎き魔獣に打ち倒され、私はその魔獣を討ち滅ぼそうと旅立ったのです。こんな所で終わるわけにはいきません。 鍛えていない体では、まともに近接戦などできません。むしろ状況は混乱させるだけでしょう。得意とする魔法も、魔力が消耗して放てたとしても一、二発が限界でしょう。なら、私がこの場を凌ぐ方法は一つしかありません。 私が聖国フェニエで、何故聖女として存在しているのか。人による創造を禁忌とされ、神の装具とも言われた特別な力を行使できる他ありません。 ――対魔獣殲滅型決戦装具・リリス ソレを召喚すれば、この場を切り抜ける事は容易いことでしょう。私は覚悟を固め、魔獣を見据えます。映ってきたのは、レリオがゴブリンキングの一体に吹き飛ばされる光景。 私は怯みません。皆の動揺を感じる中、私は足を前に進めます。 「セシリア様…まさか…」 「…ここからはお任せ下さい。…あとは頼みましたよ、レリオ。」 絶望などには屈しません。そして、こんな時にあの方の言葉を思い出します。 「リア!それは使っちゃだめ!」 ――リア!それは使うなッ! 目の前に現れたのは、綺麗な黒髪を後ろに一つに束ねた少女。ゴブリンキングを蹴り飛ばすと、ゴブリンキングは他のゴブリンを巻き込んで盛大に吹き飛んでいきました。そして、美しい少女は私に振り向き言うのです。 「お待たせ、リア。もう大丈夫。」 ――リア、待たせたな。もう大丈夫だ。 あぁ…ズルいです。あなたはいつもそうやって――
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