暴虐の黒、幻惑の黒

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暴虐の黒、幻惑の黒

▽救援の黒ユウ・アトライト 今出せる全速力でセシリアの元へと向かうわたし。向かう途中を見ても、ハイゴブリンの数が多い。でも、さっきのエマさんの報告でその謎は解けた。それに黒い球体は、この洞窟にいる戦力じゃわたし以外倒せる者はたぶん居ない。まぁ、エミール君の本当の実力は謎だしセシリアがリリスを使えばわからないけど。 考え事をしていると、洞窟最奥が見えてきた。最奥入口から出てきたゴブリン達は居ない。どうやら、エマさんを追ってきたのはあの一体だけのようだった。 最奥内部の様子が見えてきた。解析(アナライズ)で見た時は囲まれつつも進んでいたけど…。ん、まずい。ゴブリンキングに派手に吹っ飛ばされたレリオを越えて、セシリアがゴブリンキングと対峙してる。それも、両手で首からぶら下げた黒いロザリオを握って。 セシリアはリリスを使う気だ。リリスはたしかに強力な神具だけど、本来人が行使できるものじゃない。聖国フェニエにいる神、フェニエが自分の使徒として戦力になりそうな聖女を選び与えた物。神の力を宿した装具は、その強力な力を行使できるけど、脆弱な人の体はその力に耐えきれない。 「リア!それは使っちゃだめ!」 この世界の人族は、元いた世界にはなかった魔力という特殊なものを持っているおかげで、元いた世界の人間と比べると遥かに頑強な肉体を持っている。それでも、所詮は人。肉体に限界がある。かつてのわたし、ユウジ・トウジョウが死にかけたのもここに理由があった。人間の体は脆弱で強力な力には耐えられない。今まさに、神具を使用しそうなセシリアを止める為に、踏み込んだ足に力を入れて、思いっきり前に飛躍する。 弾丸のように、突き進むわたしは一瞬でセシリアの近くまで来る。そのままセシリアの前で止まる事もできるけど、とりあえずの脅威を取り除いてしまった方が安全かなって判断する。 セシリアと対峙しているゴブリンキングの脇腹に、ここまで走ってきた速度と踏み込んで飛躍した勢いをそのままぶつける為に、右足で蹴る。蹴りは振り切るんじゃなくて、押さえるように蹴る。そうすると、右足の当たった場所を右足一点に集中して、行き場の無くなったこれまでの勢いは、強力なインパクトとして、相手に伝わる。 足を振り切ればその分衝撃は逃げるし、強力な攻撃を面で受けても衝撃は分散される。だから右足は押さえるだけだし、一点集中にした。そしたらどうだろ、当たった一瞬衝撃波を撒き散らしてゴブリンキングの三メートル近い巨体が吹き飛ぶ。辺りのゴブリンやハイゴブリンを巻き込んで盛大に洞窟の内壁に打ち付けられた。 ゴブリンキングのおかげで、わたしに掛かっていた諸々の勢いや力はなくなって、無事に着地。まぁ、あんなことしなくてもこの体なら問題なく着地できるんだけどね。ほら!脅威を取り除くついで!うん。 そして、振り返ったわたしはセシリアに声をかける。 「お待たせ、リア。もう大丈夫。」 ん?あ、つい癖でリアって呼んじゃったけど大丈夫かな?突然の事だし大丈夫だよね?それに、なんかこの感じ前にもあったような…。うーん…。思い出せないし、まぁいっか。 それより今は魔獣達だよね。とりあえず前方は今すぐ危ないわけじゃない。囲まれてるこの状況だと、聖教騎士団の後方かな。 「妖術・四方結界」 わたしの種族って言えばいいのかな。九尾の狐は妖怪族も入ってて、妖力ってものを魔力とは別に持っている。その妖力を使った術を使って、正方形の結界を張った。薄く青白く光る結界は、聖教騎士団を中心に展開されて彼らを守ってくれる。 「あとからエミール君が来ると思うけど、それまではその中から出ないでね。出なければ安全だから。」 そう伝える。プライドの塊のレリオはなにか言いたそうな顔をしてたけど無視。囚われた人かな?女の人達は不安は隠せてなさそうだけど、安全と聞いて少し息をつけたみたい。…で、セシリアはなんでかめっちゃ見てる。めっちゃ。でも今はそれに構ってる場合じゃないし、とりあえずゴブリン達を倒しちゃおう。 「あっ!」 めっちゃ見てきたセシリアが口を開いたけど、放置。わたしは邪道である魔力で身体強化を全身にすると、聖教騎士団後方のゴブリンの群れに突っ込む。 殴れば殴った場所が抉れ、蹴れば破裂する。投げれば地面に当たった瞬間に潰れるし、足払いをすれば足は折れる。倒れた魔獣は踏みつけてさよなら。 そんな感じで、まさに蹂躙って感じになった。…まぁ、種族的な根本的な能力差があるしこうなる。それでも。 「数多いなぁ…。もう三十体近くは倒したと思うんだけど…。仕方ない、まとめて倒そう。」 わたしは地面を蹴って、真上に飛翔する。目指すは洞窟の天井。結構広い洞窟内は、二十メートルくらいの高さがある。天井に届く手前でわたしは宙返り。両足を天井につけて、そのまま天井を蹴る。天井がちょっとへこんで崩落したけど気にしない。…ちょっとだよ。うん。 そのまま、ゴブリン達が群れているド真ん中に拳を振り上げて突っ込む。地面に拳を叩きつけて、地面が陥没する衝撃でかなりのゴブリン達を巻き込んで着地。これでだいぶ減ってくれた。クレーターとなってしまった地面の中心地からジャンプして出る。 出て、最初に目に入ったのは聖教騎士団達。こっち見てびっくりしてるみたい。まぁ、結構遠慮なくやったからね。人族には魔法でもなきゃまず無理だし。 エミール君も到着したみたい。思ったより早かった。手には腰に下げてあったブロードソードを持っている。まぁ、そのエミール君もさすがにこの現状には苦笑してるけど。 『騒がしいな。誰だ、我の眠りを妨げるのは。』 重く響くような低い声。声の主へと視線を向ければ、ずっと沈黙していた黒い球体。てか、寝てたんかい。 「配下にしてたのかわからないけど、迷惑だったからゴブリン達は倒させてもらったよ。」 全部じゃないけどね、と心の中で付け足す。実際はまだちらほら居る。でも、さすがにもうそんなに多くない。ざっと見ても二十体居るか居ないか。一応、ゴブリンキングがそのうち三体くらい生き残ってる。 『配下だと。こんな下種など要らぬ。どうせ我の眷属達の戯れだろう。それよりも、気に食わぬな。』 あー、そういう…。なんとなく察したけど、たぶんコイツ自体は本当にここで寝てただけなんだと思う。そして、眷属がなにか企んだのか気まぐれなのかわからないけど、ゴブリン達に何かをして異常な変化をしたと。で、この黒い球体はなにやら気に入らないことがあるらしい。わたしにはなんの事かさっぱりだけど。 『この幻惑の祖である淫魔の前で、幻術の類で我の前に出るとわ愚かな。』 そう言って淫魔が光った。一瞬だったけど、黒い球体から白い光が発された。幻術の類を解くものだったんだろうね。わたしは尻尾が九本、きちんと元に戻った。…わたしミニスカートだし、尻尾生えたらスカート思いっきり上に上がるんだよね。めっちゃ恥ずかしい。とりあえず応急処置で、尻尾を生え際から垂れた状態にしてる。 『(あやかし)か。』 「それで、淫魔さんはここで寝てただけ?」 『黙れ女狐が。我が眠り妨げた罪は重い。ここで死して詫びろ。』 突然、黒い球体から黒い影のようなものが伸びてきた。棘のように、針のように鋭く尖った先端は、わたしを貫こうと一直線に伸びてくる。 わたしは避ける事もせず、尻尾の一本でソレを払った。大した抵抗もなく、伸びていた黒い何かは砕け散った。 「急に酷いよ。戦うんだね?」 攻撃してきたことを戦う意思のあることと決めてわたしは反撃にでる。払った尻尾とは別の尻尾で、同じように黒い球体に突き刺す勢いで伸ばす。 黒い球体は霧になり消えたけど、その存在感は消えていない。きっとまだ居る。
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