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安息の宿
「ふぁぁぁ…」
眠い。でも、とりあえず起きなきゃなにも始まらないと思って起きる。
もう、だいぶ住み慣れた部屋。と言ってもただの週間契約した宿屋の部屋なんだけど。かれこれ、三ヶ月だ。それだけ寝泊まりして居れば愛着も少なからず湧いてくる。
「あれ、トーカは居ないのか。あいつ最近ほんと自由だよな…まったく…。」
一人愚痴る。トーカってのはこの世界での相棒?的なやつだ。ほぼほぼ四六時中共に行動をしているんだが、ここ最近はあちらこちらに出歩いているようだった。いや、まぁ、こちらとしては出歩いていてくれていた方が、精神安定上良いのだけど。
そんなトーカの事より、気になることがあると思う。そう、この世界ってどういうこと?ってことなんだけど、約一年半前わたしはこの世界に召喚された。言わゆる異世界転生を得てこの場に居る。この一年半、いろいろあった。価値観も常識も文化もなにもかもが違うこの世界で生き残る為に、沢山のことを短い期間で経験した。
まぁ、昔話なんてこの先いくらでも話す機会はあると思う。それに、あまりのんびりもしていられない。こうやって規則正しく朝日のあるうちに起きることだって、目的があって行っている事なのだから。
「ふぃぃ…。顔洗いに行こ…。」
この宿屋は部屋数があまり多くない。ある夫婦の経営する宿屋で、一階がロビーと食堂、二階には客室として四部屋、そして三階に夫婦が暮らしている。元いた世界で言えば、民宿のような感じに近い。
生活水準は、元いた世界と比べると低いもののわたしの様にこの世界へ召喚された先人達がいたおかげで、多少不便さがあるものの慣れてしまえば楽しいものだった。
そりゃあ、自動車とか飛行機、新幹線なんてものはない。そもそも電力というものがない。先人達もなぜ電力を発達させなかったのかと、この世界に来た最初は思ったものだ。でも、暮らしていくとわかっていく。元いた世界とは違うエネルギー源があるこの世界において、下手に手を加えてしまえばどことなく調和の取れたこの世界の文化を壊してしまうのだ。
変化を恐れれば進化は訪れない。とも言うが、少なくともわたしは先人達のこの世界の文化を守ったことに関しては感謝すらしている。
話が逸れた。そう、顔を洗いに行くのだ。この宿屋では建物の裏手に庭があり、そこに菜園と井戸、そして御手洗が存在する。そもそも客室の少ない宿だ。共用で事足りてしまうし、宿の個室で全て済ませたければそれができる宿へ泊まればいい。わたしは結構この形が気に入っている。元々、人と関わるのが苦手なわたしだったけどこの世界に来て孤独を恐れるようになってから、人との関わりが楽しく感じるようになったからだ。だからこうして共用の場があるとそこでの交流があったりして好きだ。
「あら、ユウちゃんおはよう。今日はちょっとだけお寝坊さんね?朝食の準備はできているから、その綺麗なお顔を洗ったら食堂へいらっしゃいな。今日もギルドへ行くんでしょう?」
「あ、ジレさんおはよ、すぐに食堂へ行くようにするよ。ベットの上でボーッとしてたら遅くなっちゃって。面白そうな依頼があるといいんだけど、たぶん今日もないかなぁ。」
「あらあら、もし依頼がなくて暇だったらお店の方手伝ってもらおうかしら。ユウちゃんがうちの看板娘になってくれたら大繁盛しちゃうこと間違いナシだもの!」
「あはは…。わたしに看板娘なんて無理だよ。もっとにこにこ元気な子じゃないと。でも、暇だったらお店のお手伝いしに来るよ!」
「またそんな事言って…。ふふっ、それじゃあ、おばさんは食堂に戻るわね。」
そう言って立ち去るジレさん。彼女はこの宿屋の女将だ。基本彼女が宿の炊事や掃除などを行っている。本人は三十後半のおばさんだ、なんて言うけど全然そうは見えない。二十前半と言われてもわからないほど若々しい。旦那のダビルさんは基本力仕事や経理をやっている。きっと今頃は裏庭で水汲みや菜園を触っていると思う。
ジレさんとの自室前での挨拶を終えたわたしは、一階へと降りる。階段を降りると左手には受付、正面には建物の入口、右手には裏庭へと続く通路がある。わたしは迷わず裏庭へと続く通路を通って、屋外と繋ぐ扉を開く。
「うぐっ…」
わたしの数えられるうちの1つと言っても過言ではない強敵、太陽と対峙する。太陽マジ強い。日光が目に沁みてつらい...。
わたしがそんな強敵と対峙していると、こちらに歩み寄る気配がした。今だに日光にやられているわたしの目はその相手を目視する事ができない。
「おう、ユウちゃんか!はっは!酷い顔してるぞ。相変わらず日光に弱いんだなぁ。」
そう言って笑う人は、ここ三ヶ月で聞き慣れたダビルさんの声だった。
「うぅ…そんな笑わないでよダビルさん。ほんとつらいんだから。」
「いやぁ、すまんね。でもユウちゃんは美人だが、近寄り難い感じが出てないから接しやすいんだ。仕方ないだろ?」
「それって、褒めてるの?」
わたしはジト目でダビルさんを見つめる。綺麗とか美人とか思われたいわけじゃないし、特別気をつけているわけでもないから別にいいんだけどね。
「あぁ!いやっ!褒めてる褒めてる!そういや、ジレに水持ってこいって言われてるんだった!すまん!ちょっと行ってくる!」
その慌てたようなダビルさんの様子がわたしは少し面白くて、口元が緩んでしまう。わたしはこの宿屋の夫婦が大好きだ。毎朝、こうやって交流してわたしの中に平穏をくれる。いい人達なのだ。大切にしたい。
そんな変わらない朝を迎えながら、わたしは井戸へ向かって顔を洗う。元の世界で言えば秋だろうか。少し肌寒い気候も相まってか、井戸の水はとても冷たく、眠っていた体や頭が起きる感覚を覚えた。
「行ってらっしゃい!気をつけて行くのよー!」
「はぁーい。いってきまーす。」
その後、ジレさんの作ってくれた朝食をもらって自室で身支度を整えたわたしは宿を出た。このジレさんのお見送りも、いつもの事で慣れてしまった。
ここは王都プラミール。ジレさんとダビルさんの宿屋【安息の宿】は、王都中央にあるメインの通りから二本ほど外れた道にある。他にも多数の宿屋や武器屋、防具屋などが集められたこの辺りを通称冒険者区画と呼ぶ。ここから、メイン通りへ向かうと目的地であるギルドへ行くことができる。わたしの目的地のギルドとは、冒険者ギルドだ。
冒険者ギルドは言わずもながら、冒険者の集うギルドであり、国からお店、はたまた個人的な依頼が集まり、魔獣と呼ばれる生物の討伐から動物の狩猟や薬草の採取、工事の人工出しや王都内の掃除、護衛や話し相手、ペット探しなんかの依頼もあるような、なんでも屋とも言われるギルドである。わたしは小遣い稼ぎのつもりで、暇さえあればギルドへ通い気に入った依頼があれば受けると言ったことを繰り返している。
「キミ!」
「……?」
メイン通りまで目と鼻の先の所で背後から声を掛けられた。いや、キミって言ってただけだからわたしかどうかはわからなかったけど一応そちらを振り返ったのだ。
振り返った先には見知らぬ男が居た。周囲に人も居るから人違いなのかもしれないけど、その男の目はバッチリわたしと目が合っていた。わたしは小首を傾げ、なんだろう?と態度で表す。男は何故か顔を赤らめ、わたしの元へ歩いてくる。走ってきて体温でも上がってるのかな?
「キ、キミ。よくギルドに来る子だよね?」
「え?あぁ、まぁそうだね。えっと、どちら様?」
男の探し人に間違いはなかったようで、わたしに声をかけてきた。ただ、わたしからしたらどこのどなたで、わたしになんの用?状態なので疑問しか浮かばない。
すると、男は慌てたように自分の胸元に手を入れると首からぶら下げていたソレを取り出した。
「ぼ、僕はシルバー冒険者のエミール。エミール・ドラリオ。キミの事は何度かギルドで見ていて、良ければパーティを組んで欲しかったんだ!」
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