刀華と影

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刀華と影

▽王都プラミール 時は、ユウとエミールがクィード村へ到着した頃の王都プラミール。 昼食時を過ぎた冒険者区画は人で溢れかえっていた。 「主が居らぬ喧騒は、雑音でしかないの…」 人混みの中、男の視線も女の視線すらも一人の女に注がれていた。足首まで届きそうなほどの長い長い白い髪。ほとんどが自然に下ろされた髪だが、一束だけ毛先に近い位置で赤いバンドで束ねられた髪。髪を腰の辺りで分けるように生えた一本の尻尾は、髪と同じ色をした透き通るような白い毛が生えている。頭頂部にも白い毛の生えた二つの尖った耳。後ろ姿を見れば、ほとんど白で染められたその身体の線は細い。 正面。髪の白さとは対照的な黒い着物。柄はないが、赤い帯はとても目立つ。着物の上からでもわかる圧倒的なプロポーション。出るところは出て引っ込む所は引っ込んでいる。ただ、胸元を大きく開けた中から見える胸は少しばかり主張が強く大きい。これだけでも男の目は釘付けで、女の目は羨望の眼差しだ。だが、天は彼女に幾つ物を与えれば気が済むのか。小顔で、目鼻立ちはハッキリとして、薄い唇にキリッとした目。アルビノを思わせるほど、白い肌は黒い着物と猫目の赤い瞳を際立たせる。整いすぎた顔。正に傾国の美女。 彼女の名は刀華・アトライト。前の主人の家名と今の主人から貰った名を持つ刀である。 「鬱陶しい…。儂は見世物ではあるまいて。…主になら幾ら見られようといいのじゃがな。」 騒がしい喧騒の中、彼女は誰に聞かれるでもなく呟く。今日は朝早くから、主は仕事に出掛けた。本来なら、愛刀として主の傍に居なければならないが、生憎トーカの主は強すぎた。余程の事がない限り必要とされることはないだろう。 それについて行かなかったのにも理由があった。最近どうも臭うのだ。忌々しき、神の臭いを纏ったヤツがいる。この王都に。 なにも、トーカは全ての神が嫌いなわけではない。唯一、気にかけなければならない神がとてつもなく嫌いなだけなのだ。まして、この国の守護神として、この地を守り続ける神、ミトラなど気にもとめてない。どうでもいいのだ。気にかける神はただ一人。執拗に主に付き纏う神、全能神アール。ヤツの臭いが所々で香るのが、どうしても気になった。 「ふむ、この辺じゃな。」 冒険者区画、寂れた宿屋の横の路地へと入る。人通りはまったくない。 タンッタタタンッコッ 人の気配に気を使いつつ、石畳の地面を決まったリズムで蹴る。妖力を練り込ませるのも忘れない。トーカは刀であるが故に魔力を持たない。 トーカはこの方法によって、主の影とコンタクトを取っていた。主の影である三人は、皆居場所を追われユウに救われた者達であり、ユウに対して絶大な信頼と服従をみせている。 今日、影とコンタクトを取ったのは他でもない。王都に充満する忌々しい臭いの原因を探ることと、それを取り除くことだ。 それにしても、遅い。 主である、ユウは魔力を使って呼ぶ。その呼び出しの反応は異常に早いが、良くも悪くもユウ以外の呼び出しには遅い――― 「チッ」 面倒なことになったと、トーカは舌を打つ。わざわざ、人通りの少ない場所を選び、周囲の気配には気を付けていたが、どうやら後を付けていた者が居るらしい。 「おい、色っぽい姉ちゃん。そんな格好でこんなとこで何してんだ?もしかして客引きか…?」 トーカは横目で話しかけてきた者を見る。どうやら三人組の冒険者の男達のようだった。下卑た笑み。皆まで言わなくとも、彼らがなんの目的でこんな場所に居るトーカに話しかけたのかは想像に易い。 「不愉快じゃ。即刻立ち去れ。」 男達を一度見たトーカは、すぐに興味を無くして視線を逸らして目を閉じる。もうお前達の相手をするつもりはないと言うように。 「そう釣れないこと言うなよ。なぁ?」 「そうだぜ。いくらだ?」 「三人相手だ。少しはずんでやってもいいぞ?」 男達はトーカの言葉などに聞く耳を立てない。徐々にその距離を詰めて、腕を伸ばす。 「チッ……遅い…。」 「あ……?」 が、その手はトーカに触れることは叶わない。腕を伸ばした男の腕は、肘から先が無くなったからだ。突然の出来事に男は唖然として、自分の腕を見つめる。数秒… 「ぐ、ぐあああぁぁぁぁぁぁぁッ!う、腕!腕があぁぁぁぁぁぁッ!」 「うるさいな。腕だけで済んだのだからいいだろ。これ以上騒ぐなら殺す。生きたいなら立ち去れ。」 突如として現れた。真っ黒い衣装を纏った男。左手に持った短剣は腕を失った男の首筋にあった。 男達は恐怖し、足早に立ち去る。真っ黒い衣装を纏った男はため息混じりに短剣を腰の鞘へとしまうと、今だに目を閉じて壁に寄りかかっている、自分を呼びつけたトーカを見る。 「遅くなった。少々立て込んでいてな。俺以外は来ないぞ。」 「ノインか。…原因はこの臭いじゃな?」 水色の耳と三又の尻尾を持った男は、その黄色い目を細めた。 「この臭いを知っているのか?ペウロも何故か焦っていたが。」 「よく。よく知っておる。おお、そうじゃな。ペウロは一度経験しておる。」 「……?まぁ、いい。それで何の用だ。俺達は臭いのする奴等の始末で忙しい。」 「なんじゃと…?」 ノインのその言葉に、殺気と鋭い目で答えたトーカ。いきなりの豹変にノインもさすがにたじろぐ。 「なんだ?」 「始末とは殺したのじゃな?臭いのする奴を。」 「そうだが。ユウの身に危険が及びそうなら、それを排除するのが俺達の仕事だろう。」 トーカは怒りを納めようともしない。この影達は脅威を知らない故に、手を出してはならないものに手を出した。 「愚かじゃな。」 「…なに?」 「時に無知は愚者よりも罪深い。お主ら影は主に今、最大の危機を呼び込んだのじゃ。」 「どういう事だ…?説明を――」 「そんな時間などないぞ。癪じゃが、あのエルフの小娘の所へ急がねばならんの。」 話について行けないノインは、困惑しつつも既に走り出しているトーカを追う。ユウに関わりのあるエルフの小娘はフィーナしかないない。そうなれば自ずと行先は冒険者ギルドだった。 冒険者ギルドのある大通りへ出れば、人々が上空を見上げていた。だが、トーカとノインは上空を見るよりも、フィーナとの合流を急いだ。時間がない。 「トーカ!いったいどう言うことなのよ!」 「ユウの配下があやつの先触れを殺しおった。」 「ッ!そういう事なのね…。それで、武神ミトラが上空に…。どうするつもり?」 冒険者ギルドの前では、上空を見上げる人々の中でフィーナがトーカ達を見つけ呼び寄せた。トーカから状況を聞いたフィーナは、起きてる状況と照らし合わせて今後の対応をトーカに迫る。 人々の見上げる先。上空には、王都プラミールを守護する神。武神ミトラが空中に佇んでいた。金色に輝く短髪、白い鎧で全身を覆い、背には槍と弓と矢筒、左腰には手斧をぶら下げ、右腰には二振りの剣、腰裏に短剣と完全武装で何も無い上空を睨みつけている。 「もうなにかできる時間はなさそうじゃ。…来るぞ。」 トーカのその言葉に、フィーナもノインも固唾を飲んで上空を見る。 ミトラの睨む先、そこに突如として扉が現れた。光を放ちどこか神々しい扉は、一切の装飾もない白い扉。その扉が一人でに開き始めると、扉の先から三人の人影が現れた。 「来おったな…。全能神アール。」 三人の人影のうち真ん中の人影が前に出る。長い黒髪を靡かせて、上空にいるミトラへ向けて声をかけた。 「やっほー!久しぶりだねミトラ!」 人々の視線を集める中、黒髪の女は元気いっぱいにミトラへ挨拶した。
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