神と神と賢者

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神と神と賢者

▽王都プラミール上空 「うーん…。」 王都プラミール、冒険者区画上空では今だに全能神は腕を組んで唸っていた。左のノルドは退屈なのか、空中なのにも関わらず頭の後ろに手を回し、仰向けで寝転んでいる。右のアッシェは相変わらずの無表情で姿勢正しく立っている。 そこへ、沈黙を護っていた武神ミトラが口を開いた。 「ここにユウジ・トウジョウは居ない。他に用がないのなら即刻立ち去れ。」 武神ミトラの言葉に、組んだ腕はそのままで全能神は目を開けた。その目は冷ややかだ。 「ユウジかユウジに関わりのある者は確実にここに居るよ。今度という今度は逃がさない。」 「……何故だ。何故、そうもユウジ・トウジョウに拘る。相手はただの人の子。神にとって、いや…全能神にとっては取るに足らぬ存在だろう。」 「ユウジがただの人の子…?何言って――。」 「……あぁ、なるほど。」 今まで。登場から今の今までずっと沈黙を続けていたアッシェが口を開いた。表現は相変わらず無表情だが、口を動かしたせいなのか佇んでいるだけの時よりも生き物じみていた。 「なに?アッシェどうしたの?」 「ずっと疑問に思っていましたが、武神ミトラは今のユウジ・トウジョウを知らないようです。」 「…ふーん?それで?」 「ユウジ・トウジョウほどの者が、ただ静かに暮らす事など無理でしょう。なら偽ってこの王都プラミールに滞在しているのでは?」 今まで黙って居たのが不思議なほど、流暢に話しだしたアッシェ。かと言って、その声質は平坦で感情の変化はあまりないが。 だが、そんなアッシェの発言は冷静に会話を分析した事からくる推測であったが、それに興味を引かれた者がいた。 「ははーん。なるほどね。アッシェの言いたい事、わかった。アール様、トーカってやつの言葉思い出してみてよ。」 「なに?あの呪刀?」 「そうそう。たしか、ユウジの姿が変わった後に会った時にこう言ってなかったっけ。『ユウジ・トウジョウは死んだ。これからはユウ・アトライトじゃ。』とかなんとか。」 全能神は話が全て繋がったと言わんばかりに、納得顔をした。そして何かを思いついたという顔をすると武神へ向き直った。 「ミトラ、あたしいい事思いついたんだけど!」 「……一応、聞こう。」 「ユウジ・トウジョウはユウ・アトライトって名前を変えてここに居るの。そして、姿も性別も変わっちゃってる。おーけー?」 「……信じられぬ話だが…続けろ。」 「ユウ・アトライトは長い黒髪の超絶美少女!種族的には、妖怪族狐人になるのかな…?九本の尻尾と黒い耳が生えてるよ。」 「ふむ…。それで、それを我に伝えてどうするつもりだ。」 「もちろん!探して連れてきて!期限は明後日!それまでに連れて来なければ―――」 武神は鳥肌が立った気がした。それほどまでに先程までと全能神の雰囲気が変わったのだ。 「あたしは、この国を潰す。そしたらさすがにユウジも自分から出てくるでしょ?うん!あたしナイスアイデア!」 それも一瞬だった。最後の方は、また全能神らしく元気いっぱいな雰囲気で先程までの脅威を感じた人物と一緒だとはとても思えない。 ミトラは思考した。この申し出を断った場合どうなるのかを。ミトラが守護するこの地は、間違いなく崩壊する。武の神であり、神の中でも力を持つミトラでも全能神を相手に守りきれるものでは無い。 それに、とミトラは前方を見据える。再び口を閉ざし無表情に傍観する速神アッシェと新しい玩具を見つけたように空中で寝そべる時神ノルドが視界に入る。相手は全能神だけではない。あの二柱が参戦しないとは言いきれない。特に時神は面白がって参戦するのは目に見えていた。全能神だけでも手に余る中、あの二柱を相手にするのは荷が重い。それこそ、全能神の宣言通りこの王都プラミールは壊滅するだろう。 そう思考する中、異世界人の一人が声をあげた。 「ちょっとあなた!ユウジの事を知ってるの!?」 マイ・カンザキ。この世界に渡ってきた異世界人の中でも特異な力を持った少女だ。マイのユウジ・トウジョウに対する執着は異常である。今まで黙って居たのは警戒か、情報の整理か。いずれにしろ、この状況で声を上げられたのは余り好ましくなかった。全能神の機嫌を損ねかねないからだ。 「さっきからユウジ、ユウジってうるさいよ君。ユウジの同郷らしいけどなんなの?」 明らかに、全能神は苛立っていた。言葉の端々に棘がある。ミトラには全能神が顕現するほどユウジ・トウジョウに執着する意味はわからなかったが、余程の事であるのはわかった。 「ユウジとは、同郷なだけじゃないわ!わたしとユウジは幼馴染で、小さい頃からずっと一緒だった!あっちでもう少しでユウジと結ばれそうだったのにッ!それなのに、こっちに呼ばれちゃって…わたしの計画が崩れちゃったのよ!神様だか、知らないけどね。ユウジのこと知ってるなら教えなさいよ!生きてるのは信じてた!けどそれが、人じゃなくなった?女になった?どういう事よ!」 マイは溜まりに溜まっていたものを吐き出すかのように、取り乱しながらも凄い剣幕で全能神に糾弾した。対する、全能神は涼し気な顔。 「それは残念でした。ユウジはあたしのだし。君みたいな小娘じゃ、釣り合わないよ。」 言い切る全能神。それに対してマイが反論しようとするも、それより反応が早かった者に遮られる。 「……聞き捨てなりませんね。ユウジ…いえ、今はユウでした。彼女はわたしの伴侶となるのです。その彼女の奪還作戦だと思って居ましたが、何か手違いがあるみたいですね。」 無表情の女性。速神アッシェだった。どうやら、全能神と速神の間では今回の件で認識の違いがあるようだった。 「はぁ?何言ってんの?元からアッシェの伴侶なんかにするわけないじゃん。あたしのユウジに手出すな。」 「………どうやら思い違いをしているようですね全能神。彼女とは二度の邂逅を経て、愛を育んでいるのです。他の誰にも渡しはしません。」 「へぇ?速神が愛ねぇ?無表情無関心の君が妙に乗り気だった理由がやっとわかった。ユウジに群がる羽虫はいらないよ。もう帰っていいから。」 全能神と速神の間に流れる空気は、不穏そのものだった。正に一触即発。 「勝手に話しを進めないでよ!ユウジはずっとわたしの隣に居た!これからもずっと、永遠にわたしの隣はユウジだし、ユウジの隣はわたし!他の誰にも絶対に渡さないから!」 二柱の神が一人の人間の少女を見た。嫌悪の色を見せて。だが、マイは怯まない。二柱と一人には圧倒的な力の差があるが、それでもこれだけは譲れないと意思の強さだけで二柱と向き合う。 女三人は睨み合う。言葉を発さず睨み合い、周囲の者達が見守る中、全能神が口を開いた。 「……まぁ、とりあえずはユウジを連れてくることね。ユウジが誰の元へ行くのか、それで決まりでいいでしょ。あたしの所へ来るに決まってるけど。」 さも当たり前かのように言う全能神。もちろん黙っている二人ではない。 「……愚かですね。彼女は必ずわたしの元へ来るでしょう。彼女と育んできた愛があるのです。あなた方が選ばれる事はないでしょう。」 無表情で平坦な声ながらも、どこか自信のありそうな雰囲気を見せる速神。 「ふんっ。言ってなさい!わたしにはあんた達とはユウジと過ごしてきた時間が違うのよ!わたしはあっちの世界のユウジの事をなんでも知ってるの。この争いの絶えない世界の唯一の心の拠り所はわたしなんだから!」 マイはずっと昔から秘めてきた想いと、ユウジを中心とした今までの行動から自信に満ち溢れている。 三者とも譲らない。否、譲れないのだ。 終始危なげな対談も、これを機に鳴りを潜めた。全能神の宣言通り、期日は明後日の二日後。王都プラミールは武神ミトラの勅命の元、総力を上げてユウ・アトライトを探すことになる。
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