押しに弱い狐姫

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押しに弱い狐姫

▽九尾の狐 ユウ・アトライト ゴブリンの巣である洞窟を出ると、外はまだ暗かった。洞窟内のゴブリン達はエミール君や聖教騎士団の人達の手伝いもあって綺麗に火葬されて、死骸による汚染の心配もなさそう。 「んんーっ!」 時間としては二時間も経ってないと思うけど、閉鎖空間から解放されたわたしは体を伸ばして解放感を味わった。 「ははは。ユウ、お疲れ様。」 わたしの行動に苦笑しながらも、声をかけてきたのはエミール君。まぁ、ほとんどわたしが働いちゃったから負い目でも感じてるのかな?実際はわたしの苦手な細かいことをいろいろやってくれたから助かったんだけどね。 「エミール君こそ、お疲れ様。いろいろ助かったよ。」 だからわたしもエミール君に労いの言葉を贈る。こんな感じで和んでるけど、後ろから続いて出てきた人達によって、それもできなくなる。 「ユウジ様…」 セシリア。彼女は洞窟からの脱出の際も、作業をしながらではあるけどわたしの傍を離れようとしなかった。それは、急に行方を晦ませたわたしにいろいろ聞きたい事もあるだろうし、責任があるからと何かを言うことはしなかったけど聖教騎士団や保護した人達はいいのかな…? そう思って、セシリアの後ろを確認してみたけど聖教騎士団は保護した人達に治療や声掛けをしていた。レリオは時折こっちを見て何か言いたそうにしてるけど、なんか大丈夫そう。 「うーん。今はユウ・アトライトって名乗ってるから、ユウジはやめて欲しいかなぁ…なんて。」 洞窟も出て、ある程度の安全確保ができてると判断してからわたしはセシリアと話をする事に決めた。 「そう…でしたね。では、ユウ様お傍に行ってもよろしいですか?」 「へ?う、うん。別に大丈夫だけど…。」 わたしの返事を聞くや、直ぐに距離を詰めて来た。さっきまでも人が二、三人程度の距離しかなかったから近いと思ってたけど、セシリアの傍は予想を越えてた。肌が触れそうなほど近い。そしてそのまま、わたしの腕を取るとその華奢な両腕で抱き締めだした。 「あぁ…あぁ…やっと…やっと触れる事ができました。この時をどれほど待ち侘びたことでしょう…。お慕いしております…。」 「えぇっ?ど、どしたの?大丈夫?」 これは流石のわたしも戸惑う。なにこの状況…。前より背も縮んだし、セシリアの顔近い。なんか涙ぐんでるし、顔赤いし、息も荒いし…。セシリアは大丈夫なんだろうか?体調不良? 困ったわたしは、エミール君を見るけどエミール君も困ったような顔をするだけで、なにかしてくれそうな感じはない。これ、わたしがなんとかしなきゃいけないのか。 「セシリア?落ち着いて?大丈夫?」 「私は大丈夫です。それよりも、セシリアではなくあの時のように呼んでください。」 なんか、急に真顔で言われた。ほんとに大丈夫そう。でも、あの時ってどの時?セシリアを違う呼び方したのってフルネームかリアって呼ぶくらいだけど、流石にフルネームで呼べって事じゃないよね? 「えっと…リアでいいのかな?」 「はい!これからもそうお呼びください。」 ちょっとびくびくしながら確認してみたら合ってた。ちょっと安心。それにしても、どうしようか。リアは離れそうもないし、その可愛い顔はなんでかずっとわたしを見てる。ものすごく気まづい。 そんなことを考えていると、リアの方から口を開いた。 「ユウ様、ずっと気になっていたのですが…。エミール様とはどのような関係で?」 「ん?エミール君?うーん、パーティ仲間かな?出会ってそんな経ってないけど、面白いし料理美味しいしいい人だよ。」 そうだよね。とエミール君に問いかければ、何故かエミール君は冷や汗を流しつつも頷いて返事をしてくれた。あれ、なんかおかしな事言ったかなわたし。 「そうでしたか。それならいいのです。これからどちらに帰られるのですか?」 「今は王都プラミールで生活してるよ。依頼完了したら帰ると思う。」 ちなみに、リアはわたしの知り合いとは面識がなかったりする。あ、エイジとは面識あるなぁ。でも、少なくとも今のわたしが生活していて一緒に居る人とは関わりがない。もちろん、トーカとも。トーカは武器の状態だったけど、リアとは会ってる。だから、トーカはリアを知ってるけどリアはトーカを知らないって感じ。 わたしは保護した人達を村まで送り届けたら、ギルドへ行ってドベルさんに依頼の達成手続きをしてもらってその足で帰るつもりだ。せっかく早く終わったんだし、早く帰りたい。なんかストレス溜まってるぽいし。 そういえば、この後エミール君はどうするんだろう?元々、旅をしてたみたいだからそのままクィート村でお別れになるのかな? 「それでしたら。」 「ん?」 わたしの言葉に何か考える素振りを見せていたリアが話し出した。いったいなにを考えてたんだろう。そんなに考える内容でもなかったと思うんだけど。 「私もユウ様と共に行きます。ずっとお傍に置いて下さい。」 「へ?」 「なッ!」 リアの発言に、何を言ってるのかわからなくなってフリーズするわたしと、驚愕に表情を染めるレリオが反応した。 え?待ってどゆこと?王都プラミールに着いてくるってこと?聖教騎士団は?聖女としてのお仕事は? 「お、お待ちくださいッ!セシリア様!我々は聖国フェニエと聖女様のご意志で魔獣討伐の旅に出ているのですよ!?そのような得体の知れない冒険者風情に着いていくとはどういう事ですかッ!そもそも、そのプラチナ冒険者と名乗る小娘があの憎たらしい勇者崩れと同一人物とは到底思えません!怪しすぎますぞ!」 うんうん、今ばかりはレリオに同意できそう。貶してくるのはいつもの事だしそういう人だから、気にとめても疲れるだけだし、言ってることだけは確かに正しい。わたしがユウジ・トウジョウだったって証拠は何一つ見せてないし、そんな証拠あんまりない。 そう思ってリアを見るけど、彼女には強い意志が見えるほど、強い眼差しと決意の表情が窺えた。これは…意地でも着いてきそう…。なんなら、わたしが良いよとかダメだよとか言う必要無さそうとまで思う。 「何を言いますか。ユウ様は間違いなくユウジ様です。たしかに、聖国フェニエと私自身の使命である魔獣討伐があります。ですが、ユウ様はプラチナ冒険者。世の危険な魔獣達と接する機会も多いはずです。私がささやかながらもお力添えできるならば、それは使命を果たせると思うのです。レリオも見たでしょう?ユウ様のお力を。あれを見てユウ様の実力を認められないと言えるほど、あなたの実力は低くない事を私は知っています。そしてなにより…」 リアはそこで一度言葉を切った。レリオはリアに論されて苦虫を噛み潰したような表情をして、黙っている。それにしても、リアは口が上手いのか本当にそう思ってるのか、わからないけど、とりあえず凄い熱量のある言葉だった。 そしてリアは、今度はわたしの方を向いて口を開いた。 「もう二度とあなた様の傍を離れたくありません。私はどれだけ頭の中であなた様が居なくなったと分かっても、心の奥底ではまだあなた様はどこかに居らっしゃると思って居ました。それがあったからこそ、私は魔獣討伐の任を受けることができました。そして、私はまたあなた様に出会えた。ですから、もう二度と私を置いていかないで下さい…。私はもう一度あなた様を失う事になれば耐えられません…。お願い致します…。」 そんなことを言われたら断れないじゃん…。困ったなぁ…。いや、気持ちは嬉しいんだけど…。だってねぇ?王都プラミールにはトーカ(人型)も居れば、あのフィーナも居るし…。でもなぁ…ここまで言ってくれたリアを断るなんてできないしなぁ…。 いろいろと考えた結果、わたしの頭の中で処理仕切れない事がわかったので、一度一緒に王都へ行ってトーカに相談する事にした。困ったらトーカさん、これ大事。 わたしの頭の中で結論が出てしまって、わたしはリアに頷くしかなかったので、ゼロ距離なのに更に擦り寄ってくるリアにわたしは無言で頷くのだった。まる。
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