賢者の小さな決意

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賢者の小さな決意

▽戸惑う賢者 マイ・カンザキ ユウジと全能神の戦いはわたし達では到底割り込めるようなものじゃなかった。ユウジは空中に足場でもあるかのように留まり続けて、全能神の猛攻を防いでいる。 全能神が消えたり現れたりしているのが、僅かだけど見える。それ以外はユウジの動きも全能神の動きも全然見えない。 「お分かりですか?ただの人が入る隙などないのです。いくら人並外れた才能を持ち合わせた勇者様方でも厳しいでしょう。」 「っ………。」 ユウジの元へと向かおうとしたわたしを止めた女の子が、わたしに言った。何も言い返す言葉が出てこない。勇者一行として召喚されたわたし達は、異世界人としての力の他にも様々な力を持っていた。そう、この世界に住む一般の人達では到底到達できないほどの才能を与えられて召喚された。 その力を魔獣や戦争で使った。わたし達は強かった。争いの無い世界から来た、平和ボケしたわたし達でも他を圧倒できるほどに。でも、それは魔獣や人相手だからできたことだったんだとこの戦いで痛感した。いや、ミトラで薄々気づいてはいたんだ。……じゃあ、ユウジは…?わたし達と同郷で勇者一行の一人だったユウジは違うの…? 「ですが、そう気を落とす事はありません。ユウ様はあなた方を気にかけていました。あなた方は力の使い方を知らないだけだと。こうも言っていましたよ?『想定外に召喚されたわたしと違って、他の皆は恩恵が強いから人の身のまま強くなれるはず。今回で正体もバレちゃうだろうし、教えてあげられたらいいな』と。打ちひしがれてる暇はありませんよ。立ち上がり今を切り抜けましょう。未来は明るいはずですよ。」 「……そっか。これが終わればユウジはわたしの所へ来てくれるんだ。……ん?そういえばあなた、ユウジと関わりがあるみたいだけど誰なの?」 「申し遅れました。私は―――」 「あれ、聖女様じゃないか。どうしてこんな所に……?あぁ、俺に会いに来てくれたのかな?」 女の子を聖女と呼んだのは、エイジだった。エイジと知り合い?聖女様って言ったよね。それってたしか…聖国フェニエの人だよね?あ、そういえば結構前にユウジとエイジが訪問したんだったっけ…。 「お久しぶりですエイジ様。私はユウ様のお傍に置いてもらっているのです。こちらへ来たのはユウ様のお願いでしたので。」 「そう恥ずかしがらなくてもいいじゃないか。俺も君と会いたかったんだ。でも、ごめんな。俺にはマイって大切な人が居るからさ。」 「ちょっと!何言ってんの!?」 呆れた。どう考えてもおまえの言っていることは全部的外れだと思う。目の前の聖女様は確実にユウジの傍に居る。エイジなんてまったく視界に入ってない。 「そうでしたか。お幸せになってくださいね。私にはユウ様がいらっしゃるので大丈夫ですよ。」 「すまないな。悲しませるつもりはなかったんだが…。お、そうだ。第二夫人でも良ければ大丈夫だぞ?どうだ?リア。」 「ッ!その名で呼ぶなッ!」 さっきまで、物腰柔らかく清楚で清純な正しく聖女と言った彼女が叫んだ。あまりの剣幕にわたしは唖然とした。周りの人達も何事かとこちらに注目している。 「そ、そんなに怒る事ないだろ?聖国に行った時、ユウジはそう呼んでいたじゃないか。俺達の仲なんだし俺だって別に呼んでもいいだろ?」 「ふざけるなッ!その名で呼んでいいのはユウ様だけですッ!二度と口にしないでください。……もし、まだ呼ぶのであればその口を開けなくしてもいいのですよ。」 「聖女の君が、俺を?ははは、君も冗談とか言うんだね。俺は大勇者だ。戦う力を持たない君には負けないよ。」 「以前の私とは違いますよ。私はユウ様の傍にいる為に、ユウ様と契りを交わしたのです。対価を払い、身体を作り替え、ユウ様の力の根源を使わせて貰えるようになりました。ユウ様の敵を討つために。」 羨ましい。そう思ってしまった。契りとか対価とか知らないけど、彼女は覚悟を持ってソレをしてユウジの傍に居られるのだから。 そんなわたしに気づいたのか、聖女様はわたしを見て言った。 「あぁ、あなたも私と同じなのですね。この場を乗り切れたら、ユウ様とお話しするといいでしょう。ですが……。」 「……なに?」 「ユウ様と向き合うならば、お覚悟を。ユウ様はユウジ様であってユウジ様ではありません。ユウジ様は亡くなったのです。あちらに居るのは、ユウジ様の記憶を持ったユウ様です。お忘れないよう。」 「……分かった。」 わたしはそれだけ聖女様に伝えた。でも、それだけで伝わったようだった。わたしの気持ちは変わらない。わたしには彼女()しか居ないのだから。 「それで、ミトラは僕の遊び相手に選ばれたわけだけど戦うの?」 空中でダルそうに横向きに寝転がる時神は、ミトラにそう問いかけた。ユウジの乱入で、予定より多くの人員で時神の対処に当たれる。この場を乗り切るのには、最高の状態だ。 「……あちらを受け持って貰った以上、そうするしかないだろうな。」 「そっか、そっかー。……なら、始めようよ。退屈してたんだよね。」 時神は右手を上げた。親指と中指を合わせた所を見ると、指パッチンなのかな?でも、なんでそんなことを? 時神が指を弾こうとしたその瞬間、時神の手首から先が消滅した。 「いっ……たいなぁ。」 それもすぐに元に戻った。まるで逆再生したみたいに。あれは回復魔法なんかじゃない。あれこそが時神が時神と言われる能力。時間を操るスキルなんだと、脅威を改めて思い知った。 「酷いじゃないか。いきなり攻撃する?普通。」 「良く言う。我は先手を打ったまで。」 「はーん。バレてたってことか。うんうん、これは楽しそうだ!」 会話から察するに、時神が何かしようとした事をミトラが止めたってこと…?全然わからなかった…。わたしは……弱い…。 時神は起き上がった。相変わらず空中に浮いてはいるけど、やる気になったって事なのかな。 「我が直接戦う。勇者達は我の援護、騎士団は詠唱していつでも放てる準備を!そして……」 ミトラの指示に、騎士団が魔法の詠唱を始めた。わたし達勇者五人もそれぞれの武器や仲間を準備して、構える。気を引き締めないと…! 「私達は自由にさせていただきます。最優先事項はユウ様なので。」 聖女はミトラに向けてそう言った。私達ってどういうことだろう?と思っていると、すぐにその疑問は晴れた。現れたのは五人。 「俺達の失態は俺達が処理しないとな。」 三つの尻尾を持った猫…?の獣人の男。全身黒い装束で、まるで元の世界の忍を連想してしまう。わたしの位置からだと後ろ姿しか見えない。 「ふんっ!男の貴様と意見が同じなのは癪に触るが、姉様にいい所を見せねばならん。」 燃えるように鮮やかな赤髪と赤い目をした、綺麗な女の人。まるで誘っているかのような真っ赤なドレスが目立つ。腕を組んで鋭く時神を睨んでいる。 「だりぃ。やっぱ酒飲まねぇと調子でねぇわ。でもまぁ、たまには主人の助けもしてやらねぇとだよなぁ?……大姉御にも怒られたし…。」 薄汚れた服にボロボロの剣をぶら下げた、眼帯の男。すごい強面のおじさんで頼りなさそうに見えるけど、その雰囲気。覇気とでも言えばいいのかな、それは強者と思わせるには充分なほど威圧感がある。 「やれやれ。私が表に出てきて良かったんですかねぇ…。言われたから働きますけど、これは後でユウ様に貸し一つですねぇ。」 黒いタキシードに、黒いシルクハットを被ってモノクルを右目に付けた男。金髪碧眼で物語の王子様のように整った顔をしているけど、張り付けられたような笑顔を崩さない、どこか不気味さのある男。 「久々に暴れようかしら。ここ最近、事務仕事ばっかりであちこち凝っちゃって最悪なのよ。」 綺麗なエメラルドの長髪は一つに纏めて、左肩から胸にかけて下ろしている。真っ直ぐな金色の瞳と、造形美のように白く整った顔と尖った耳。エルフと呼ばれるその女性は… 「ッ!?フィーナ・ウールヴ!?どうしてあんたがここに!」 フィーナ・ウールヴ。冒険者ギルドの受付嬢で、やる気のない美人として有名な彼女がどうしてこんな場所に…?それと現れた人達は誰?聖女とこの人達とフィーナ・ウールヴはどういう関係で、ユウジとなんの繋がりがあるんだろ…? 「あら、マイ・カンザキじゃない。どうしてって、ユウを助けに来たからに決まってるじゃない。」 わたしはこの世界のユウジの事を全然知らないんだと、悲しくなりつつも決意していた。 無事に切れ抜けられたら、もう二度とユウジの傍を離れないと。
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