一尾

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一尾

▽一尾の狐姫 ユウ 「ん……?」 九尾との繋がりが微弱になった。最後の記憶からすると、大量の神気の取り込みにトーカの力の過剰使用が原因みたい。 「ネイの力を見誤っちゃったかな。」 罪獣にとって神のみが持つとされる神気は毒でしかない。けど、罪獣の持つ虚無という力でしか神は殺せない。有害な毒を取り込めば体に異常をきたすのは自然なこと。 そしてトーカの力の過剰使用。命寿……まぁ、魂に刻まれた寿命の事なんだけど、これを対価に身体能力向上の恩恵を受けられる。九尾はネイの攻撃に秒間千で挑んだ。これは一秒間に千秒分の寿命を対価に捧げて、身体能力千倍を恩恵として得るってこと。それで五分以上戦っていた。つまり三十万秒……八十三時間分の寿命をたった五分で消費している。千倍は身体の負担も大きければ、魂の消耗も激しい。それに加えて神気の毒を大量に摂取している。倒れるのは当たり前だった。自分のことながら無茶をする。 「九尾の近くに居るのは……わたしか五尾か。」 わたしは記憶を読み起こす。五尾になにか役割はあったかな?と。 共有記憶の中にその記憶はあった。なるほど、五尾は怒り狂う魔女の対応に行っているらしい。そうなると、五尾に九尾の元へ行ってもらう事は難しい。 「わたしが行くしかないか。こっちはとりあえずの区切りが着いたことだし。」 何となく。数分前まで戦っていた場を見る。そこには大量の魔獣の死骸が横たわっていた。 今回のお仕事はなかなかに時間がかかったなと思った。わたしの割り当てられた今回のお仕事は、繁殖の時期や強い個体が現れた時などに起こる魔獣の大行進(スタンピード)の殲滅。 普通に確認されている魔獣の大行進(スタンピード)は多くて数千体なんだけど、今回の群れは万単位だった。明らかにおかしい。 ……それより今は九尾のことだね。たしかにわたしの担当したお仕事も異常だったけれど、情報収集は二尾とか八尾辺りがやってくれる。わたしのお仕事はここまでだから、はやく九尾の元へ行ってあげないといけない。 なにせ九尾は今、全力時の九分の一しか出せないから。そんな状態でネイと戦うものだから、トーカの千倍を使うことになったんだと思う。いくら傷付いた今の九尾と言え、わたしが合流して元に戻れば全ての能力が二倍になる。そうなれば、現状は回復できるんじゃないかな。 わたしは王都プラミールの方角を見た。遠いはずの王都の上空には、九尾が減らしたはずの魔法陣が再度大量に構築されていくのが見えた。 「状況がわかんないだけに、まずいね。あれが意識のない九尾に放たれたら……」 外傷を付ける事は無理だろうけど、神気は毒だ。内側から壊されかねない。 予想より危険な状況と判断したわたしは、魔力を足場に空中を駆け抜ける。 今ここで、本体を失うわけにはいかない。 ◆ 王都プラミールを囲う要塞のような壁の上に立つわたしは、今一度状況を確認していた。 まずは、フィーナ達かな。ノルド相手にここに居るほとんどの人が集まってる。直接戦ってるのはフィーナとギベットとミトラだね。ギベットが他の影を差し置いて戦ってるのは超激レアかもしれない。 テレサは見てるだけみたい。まぁ、テレサって手加減ができないからねぇ…。今回は見てるだけが丁度いいのかも。ミトラはどうかわからないけど、フィーナとギベットは手加減してる。 リアはわたしが倒れた事で慌ててるね。ペウロが傍に居るからたぶん大丈夫だと思う。 それより問題は勇者パーティーと騎士達だ。完全に戦いについていけてない。中でもマイは目の前のノルドなんか眼中に無いくらい、わたしがやられたことで取り乱してる。……無茶しなきゃいいんだけど。 ネイとユニアスは激しい戦闘をしてる。ネイが無茶苦茶な魔法で攻めて、ユニアスが見えない壁みたいので防ぎ続けてる。 エミール君はわたしの介抱って感じだね。ノインは、どっかで様子見でもしてると思う。こんな所かな。 わたしはわたしの元へ駆ける。 ◆ ネイとユニアスは今だに魔法戦を繰り広げていた。 「ちょっと!はやくやられて退きなさいよ!!あーっ!もうっ!鬱陶しい!!」 ネイは相当焦ってるみたい。《繰り返される事象(ループ・オブ・レス)》によって放たれている魔法もかなり大雑把になってる。たぶん、事象を繰り返し行うだけで制御はしてないんじゃないかな。 対するユニアスは無表情。なに考えてるかわかんないし、あんなユニアスの顔を見るのは初めて。わたしと居る時のユニアスはいっつも眩しいくらいに、にこにこしてる。 そんな2人の近くまで来たけど、ネイの攻撃が激しいのもあってこのままじゃ近付けない。こうなったら仕方ないから、ネイの攻撃を一時的にでも止めるしかない。 わたしは更に距離を縮めつつ、体内の魔力を高めて左手を数えきれないほどある魔法陣へと翳す。 「高密度魔力展開(潰れちゃえ)」 わたしは魔法が使えない。けど、魔力を操るのは得意。だから左手から魔力を放って魔法陣を全てかき消した。単純だけど強い、力押しだね。 「えぇ!?な、なに?わたしの魔法陣消えちゃったんだけど!?」 「………?」 おお。ネイはびっくりして焦ってるみたい。ユニアスはちょっとよくわかんないけど、首を傾げてる。でも、攻撃は止まった。直ぐに《繰り返される事象(ループ・オブ・レス)》で再構築されちゃうだろうから、今がチャンス。 「あれ?ユウジ?さっきそこで倒れたはずじゃ……?」 「ユウが2人……?」 二人の驚く顔が視界の端で見えたけど、今は急がなきゃだから反応せずに本体(わたし)の元へ行く。 「ユウ?」 「エミール君、説明は後でするからわたしを離してくれる?」 戸惑うエミール君にそうお願いすれば、エミール君は黙ってわたしを離してくれた。やっぱりエミール君はやりやすい。 自由落下を始めたわたしの体を、わたしの魔力で無理矢理浮遊させつつわたしはわたしの中へと還る。あとは頑張れ、わたしの本体。
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