神崎舞と如月詠次

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神崎舞と如月詠次

依頼を受けたわたしは、エミールとトーカを連れて酒場へと移動していた。フィーナがわたしも行くわ!と言い出したのをなんとか落ち着かせた。酒場のテーブルについてから、こっそりとフィーナの様子を窺ってみたけど、すんごい不機嫌だった。あなた仕事中でしょう…? それはさて置き、なんで酒場まで移動して来たのかと言えば、それは当たり前の如く依頼について話す為だった。 もちろん、依頼の詳細や報酬については問題ない。これから話すのは、パーティとしての役割分担や物資の調達、出発日時や非常事態時のある程度の対応方法についてだ。 依頼を受けたから、じゃああとは現地で集合して適当に敵を倒してはいおしまいって訳にはいかないのだ。 「主よ、儂はこの宵桜とある物を飲みたいのじゃが良いか?」 「あぁ、うん。好きにしていいよ。じゃあ、わたしはこのチゴのジュースにしようかなぁ。エミール・ドラリオ君は?」 テーブルの上に置かれたメニュー表を見たトーカがわたしに言ってきたので、わたしもつられて飲み物を頼む事にした。チゴのジュースは元の世界で言うところのイチゴジュースと変わらない。…甘い物が好きなんです。お子ちゃまとか言わないで。 ちなみにトーカの頼んだ宵桜っていうのは、がっつり酒類の欄に載っていた。名前からして焼酎か日本酒辺りじゃないだろうか。トーカ好きだし元の世界で言うところの日本のお酒が。 「僕のことはエミールでいいよ。そうだなぁ。じゃあ僕はこのコーラにしようかな。」 苦笑混じりにエミールって呼んでって言われてしまった。初対面の人をフルネームで呼んでしまうのはわたしの癖なのだ。人と距離を縮めるのは難しいよね。うん。ちなみにコーラは元の世界のコーラと変わらないよ。なんでか知らないけど、これは一緒の名前なんだよね。きっと転生してきた先人達のせいだろう。 注文する物が決まると、トーカが注文してくれる。なんかトーカってどこか保護者みたいなとこあるんだよね。いろいろと生活面が崩壊しているわたしになにかと世話を焼いてくれる。ほんと助かります。ありがとうトーカ。と心の中で言っておく。実際に言うとたぶん絶対めんどくさいことになるから言わないけども。 「じゃあ、エミール君。とりあえずは出発日時を決めちゃおう。そこを基準にしていろいろ考えてくのがいいんじゃないかとわたしは思うのだけど。」 注文した品物が届くまでにも、どんどん話を進めていく。テキパキやった方が、動きやすくていいからね。 「そうだね。幸い今日もまだ早い時間だし、今日一日を準備として、明日の朝一で出発にしないかい?合流日時は三日後だけども早いに越したことはないだろうから。」 「うんうん。わたしもそれでいいと思う。じゃあ、準備する物は各々するとして。あとはパーティとしての連携と緊急時の対応かな?」 わたしがエミール君にそう尋ねた時だった。 突然女性の怒鳴り声が聞こえてきた。 「まだ見つからないの!?あれからどれだけ経ったと思ってるの!あなた達冒険者ギルドとそこの酒場で暇している冒険者達は呑気なものね!誰のおかげで今、こうやって平和に過ごせているのかほんとにわかってるの!?」 声は受付の方からしてきた。その声に若干の不安を覚えつつも、自然とその声の主がいる場所へと視線を向けてしまう。ガヤガヤと煩かった周りの冒険者達も同じようにそちらに注目していた。トーカだけはわたしを抱き締めて頭撫でてるけども…。 「おいおい、あれってミトラ様直属の勇者パーティじゃねぇか?」 「あぁ、そうだな。なんだってこんな冒険者ギルドなんかに来てんだ?」 「彼女、たしか勇者パーティの賢者って呼ばれているマイ・カンザキじゃないか。」 「あぁ、わたし聞いた事あるわ。マイ・カンザキって先の大戦の時に、魔獣の群れが乱入してきたことあったじゃない?その時に大切な人を失ったって話しよ。」 「それ俺も聞いた事あるな。まさかその件でギルドに詰め寄ってるのか?」 わたしがギルドへ入って来た時よりも、遥かに声を潜めて話しているものの、わたし自身も酒場に居るのでハッキリと聞こえてきてしまう。 そして、わたしの不安は当たったことに気づく。わたしはマイ・カンザキを知っている。彼女も転生者なのだ。それもわたしと出身も時代も転生された日時まで、一緒なのだ。そう、彼女。マイ・カンザキはわたしと一緒に転生した人達の一人であり元の世界では幼馴染といった関係だった。 けど、彼女はわたしに気づくことは無い。 「ちょっとマイ。うるさいわよ。なんなの一体。」 営業スマイルを顔に貼り付けたロボットの様な受付嬢さんが冷や汗を流し始めた頃に、フィーナが面倒くさそうにマイに話しかけた。 「ッ!フィーナ・ウールヴ!あなたもよ!」 フィーナに対してキッと睨みつけるマイ。相当お怒りなのだろう。元の世界では見られなかったマイだ。彼女は温厚で優しく、大人しい人物だったはずだと記憶している。 「まだユウジのことを言っているのかしら。あの戦場へは何度も調査隊を送ったわ。今も定期的に送っている。でも、魔獣の死骸が大量に発見されたこと以外、めぼしい情報はないわよ。いい?ユウジ・トウジョウは見つからないのよ。何度探してもね。」 そんなマイに、冷ややかな目を送りつつフィーナは告げた。 ユウジ・トウジョウと呼ばれていた異世界人はもう居ない。あの日あの戦場で死んだのだ。 「わたしはッ!わたしは認めないッ!」 今にも泣き崩れそうなマイの背後から近寄る影があった。 「マイ。その辺にしよう。俺達だって何度もあそこへ足を運んだだろう?結果は俺達と変わらなかったんだ。」 寄り添うようにマイの肩に手を置く男。まるでマイの彼氏の様に振る舞う彼は。いや、もしかしたら実際に彼氏なのかもしれないな。などと思って眺めていると、マイがまたもや叫びだした。 「わたしに触れないでッ!わたしの名をあんたが呼ばないでッ!」 いったいどういう事なのか。わたしの知る限り、彼とマイの仲は良好で彼はマイの事を好きだったと記憶しているんだけど…。 「わたしは知ってるんだからッ!あんたがッ!あんたがユウジをあの戦場に置いて、全軍撤退の指揮を取ったこと!絶対に許さないッ!」 「マイ…。」 ふむ、これはなんだか面倒くさそうな雰囲気だ。いやまぁ、実際あの日、大国と大国の総力戦として激突があって類を見ない戦場と化していた。両軍がぶつかり合った直後、なんの前触れもなく大量の魔獣が戦場の中心に現れた。わたしはすぐに事態の収集の為、魔獣の群れに飛び込んだ。高レベルの魔獣の群れの中で、わたしは必死に戦った。 気づけば、体は限界に達していて魔獣は全て倒れていた。敵国の兵も味方の兵も居らず、そこには魔獣の死骸とわたしとトーカしか居なかった。それがわたしの知りうる記憶で、なにが起きたのかはよく分からなかった。それどころじゃなかったし、意識失ったし。 「だから、うるさいわよマイ。痴話喧嘩なら他所でやってくれないかしら。迷惑で仕方ないわ。」 相変わらず、冷たい眼差しで面倒くさそうに言うフィーナ。さっきまでの感情剥き出しの彼女とは別人と言ってもいいほどの差だ。 「わたしとコイツはそんな仲じゃッ!?」 「どっちだっていいわ。それより、大勇者エイジ・キサラギ。早いとこマイ・カンザキを連れて行ってくれないかしら。本当に迷惑なのだけれど。」 「あぁ、済まなかった。ほら行こうマイ。ここで得られるものは何も無いよ。」 そう言って、マイの手を取ろうとしたエイジ。けど、その手も見事に振り払われる。 「どこに行ったのよユウジ…。はやくわたしの所へ帰ってきてよ…」 そう言って一人で、立ち去るマイ。それを追いかけるエイジ。嵐の様な勇者パーティは去っていった。 マイがこんなことになってるなんて、知らなかったわたしはただ唖然として見てると。わたしを抱きしめていたトーカが急に耳元で囁いた。 「ユウの帰る場所は儂の元じゃよ。儂はなにがあっても主の隣におる故の。」 その囁きにハッとなったわたしは、フィーナを見る。フィーナもこちらを…いや、わたしを見ていてその目は貸し一つと言っているようだった。 その視線に思わずため息が出る。 別人として生きていくのも楽じゃない。 そう思ったわたしだった。
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