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ゲルダンとべードン商会
さて、やって来ました。向かいの建物。ここもお店のようで、お店の扉の上にはべードン商会プラミール支店って書いてある。建物も大きいし、支店があるってことは有名なお店なんだと思うけど、わたしは知らない。興味無いだけだけど。
「荒事で儂を使うのかえ?」
え、荒事前提なの?トーカっていつもどこか察してますって雰囲気出してるから、ほんとに荒事になりそうで嫌なんだけど。
「使わないよ。やるならパンチする。あ、キックの方がいいかな?非力ガールでいくなら。」
「………やはり頓馬じゃな。好きにせい。なにしても非力がーるとやらは無理じゃと思うぞ。儂は。」
またでた頓馬。なんなの頓馬って。便利言葉かなにかなの?まぁ、好きにしていいなら好きにするんだけど。
「とりあえず入ろ。一階は普通にお店みたいだし。」
そうじゃな。と、トーカの同意も得てわたしは扉を開けた。
シューマジア魔道商店とは違って、ベルの音はしなかった。代わりと言うのか、従業員らしき男の人が、出迎えてくれた。すごいけど、暇なのかな?それとも従業員の数が多いの?
「これはこれは、お綺麗なお客様。ようこそいらっしゃいました。こちらはべードン商会。生活用品、冒険者道具から小物まで多数取り揃えております。本日は何をお求めで?」
ま、眩しい…。営業スマイルとセリフをバッチリとこなした、ちょっとイケメン従業員が眩しい…!そして、わたしこういうお店ムリ!苦手!お買い物ってマイペースにゆっくりしたくない?店員さん放っておいて…みたいな。あれ?わたしだけ?
そんな当初の目的なんて、どこかへ飛んでいってしまってるわたしの前に、サッと割り込んできた人物がいた。
「今日は買い付けではない。少々話があっての。この店、二階はどうなっておるのじゃ?」
言わずもがなトーカだった。おぉ…!トーカすごい…!そしてありがとう!
「二階ですか?そちらには商品などは置いておりませんが…。事務所となっておりまして、話とはなんでしょう?私で宜しければ対応させていただきますが。」
店員さんの紳士な対応。今の所、別に怪しいとかはないよね。ここで辺に押し入ろうとすれば、何も無かった時あとあと面倒だしなぁ。まぁ、なんかあっても面倒なんだけど。あ、そうじゃん。別に遠回しじゃなくて、直接聞いてみればいいんじゃん?うん、そうしよう。
「あのー。ここにゲルダン・シューマジアは来てない?」
トーカの背中からひょっこり顔を出して、尋ねてみる。トーカ、わたしより頭一個分くらい大きいんだよね。
「あぁ、ゲルダン殿でしたら二階の応接室で店長と話していますよ。」
おぉ?まさかの一個目でビンゴじゃん。
「あ、そうなんだ。いつ戻るの?用があるんだけど。」
「少々お待ち頂けますか?確認をして参りますので。」
これにわたしは了承した。店員さんは一度お辞儀をしてから、二階へと上がっていった。それにしても、教育が行き渡ってるね。すごい丁寧な対応で、元の世界を少し思い出すよ。
べードン商会の商品を、トーカと一緒にあーでもないこーでもないって話しながら見ていると店員さんは戻ってきた。五分くらいかな?そこそこ待ったと思う。
「お客様、お待たせしてしまって大変申し訳ありません。確認を取ったところ、お客様を案内しろと言われましたが、ご足労頂けますか?」
「うん、いいよ。案内して。」
そう言って店員さんの後へ着いていって、二階へと続く階段を上がる。特に問題もなく、応接室と扉に書かれた部屋の前まで行くと、店員さんがノックをした。なんか、この店員さんってどことなく執事感ない?気のせい?
「どうぞ。」
「失礼します。」
扉の先から、男性の声が聞こえてきた。それを聞いた店員さんは断りを入れてから扉を開いた。でも、開くだけ開いて体は部屋の外。そして、わたしとトーカにお辞儀をして、どうぞと言ってきた。ほんと、できる店員さんって感じ。
「ありがとう!」
ここまでの店員さんの対応に、なんとなく気分が良かったわたしは、店員さんにちょっと機嫌良く笑顔でお礼を言った。トーカはそんなわたしを微笑ましく見てる。…トーカ、お礼は大事だよ?わたしじゃなくて、店員さんに微笑んであげなよ。そう思いつつも、まぁいっかと部屋に足を進めた。入る際に見た店員さんは何故か顔を真っ赤にしていたけど、なんだろうか…?そんな激しい運動はしてなかったと思うんだけども…。
「ご足労頂きありがとうございます。」
「ふんっ。やはりユウと、トーカさんだったか。」
中に入ってみれば、整えられた髭とオールバック?に整えられた髪が印象的なおじさんとエルフ特有の全身がスラリとした美形男性がいた。あ、ちなみにこの美形エルフは今年でちょうど300歳らしい。見た目詐欺すごい。
「はじめまして。わたしはユウ。それとこっちに居るのはトーカ。……ゲルダン、捜したよ。お店に鍵もかけずに、なにしてるの?こんなとこで。」
わたしは自己紹介をしつつ、探し人であるゲルダンに声をかける。わたしの心配は他所に、大丈夫そうではある。でも、そうなるとあの店に篭もりがちなゲルダンが外に居る理由はなんとなく察しがつく。
「いやなに、つまらん理由だ。俺が出している店の建物は借り物でな。ここにいるこの男が俺に貸し出してるんだが…。」
「あー。つまり、大家さんに家賃払えないってことかぁ。」
「主もここ最近依頼を受けなかったからの。必然的にシューマジア魔道商店へ足を運ぶこともあるまいて。」
「ぐっ…。トーカさんにまで言われるとはな…。」
そんなわたし達のやり取りを黙って聞いていた店長さん。でも、さすがにこの状況が把握できないでいたのか痺れを切らしたかのように口を開いた。
「…ゲルダン殿。知り合いと仰っていたので通しはしましたが、家賃の方は如何なさるおつもりで?」
「わたしが払うから大丈夫。お値段は?」
わたしの唐突な申し出に、怪訝な表情を浮かべる店長さん。まぁ、普通の反応だと思う。なんせわたしは子供だし、それがどうして大の大人であるゲルダンのお店の家賃を払うのか。
「あ、あぁ。俺はこの狐っ娘に融資して貰っていてな。すまないが、頼んだ。」
「融資…?失礼ながら、とても支払いのできる歳頃には見えませんが…。」
「いや、大丈夫だ。この狐っ娘はユウ・アトライト。あの音に聞く、狐姫だ。」
「なっ!?」
ゲルダンがそう言ってわたしを紹介すると、店長さんは驚愕といった表情で、わたしを見た。そんなに驚くこと…?狐姫ってただ、わたしが狐で女だからそう言われてるだけじゃないの…?
「……?それで、いくらなの?ゲルダン。」
なんでそんな驚かれてるのかわからないわたしは、ゲルダンに金額を聞くことにした。だって店長さん、フリーズしちゃってるし。
「十五万コルだ。」
「へー。結構するんだね。んー…、む…。ねぇ、トー…、ありがと。」
金額を聞いたわたしは、懐やポケットを探ってみる。あ、今のわたしの服装だけど真っ黒なワンピースに茶色いフード付きのコートっぽいローブを羽織ってる。人から見たらワンピースは見えなくて、ローブしか見えない。
懐とポケットを探したけど、出てきたお金じゃ足りない事に気付いてトーカにお願いしようとして、名前を呼びながらトーカを見たら既にその手に紙幣を持っていて、渡してきた。さすがです。トーカさん。
ちなみにお金の話が出てきたから説明すると、この世界に硬貨は一種類しかない。一コル一円と変わらないのでわかりやすい。紙幣の種類だけど、一コル、十コル、百コル、五百コル、千コル、五千コル、一万コルと七種類ある。あとは、百万コルが硬貨として存在するくらい。なんともわかりやすいよね。先人転生者のせいなんだろうけど、感謝だ。
お金の説明はこのくらいにして、わたしはトーカから受け取ったお金を数えてからゲルダンに渡す。
「はい、とりあえずはここの十五万コル。」
「おぉ、すまないな。」
受け取ったゲルダンも、お金を数えて店長さんに向き直って渡そうとしたんだけど…。
「あの狐姫ですか!!ユウさん!いえ!ユウ様!是非、このべードン商会とも取引をしませんか!?」
と、突然大きな声で叫んだ。
耳痛いです……。これでも、狐なので耳は良いのです……。
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