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トーカvsべードン商会?
「今、噂となっている狐姫!貴女様がべードン商会と取引をして頂けたら、べードン商会の品物の評価がグッと上がることでしょう!なんとか!なんとかお願いします!」
大声にわたしの頭の中はキーンとなっているんだけど、そんなことはお構い無しと店長さんは興奮気味に続ける。勘弁してください…。魔法で対策している時ならまだしも、こんなプライベートで大きな音を聞くなんて思ってなかったよ…。
「落ち着くのじゃべードン商会の店主よ。我が主が困っておる。失礼極まりないぞ。」
そんなわたしを見兼ねたのか、ちょっとお怒り気味のトーカがわたしと店長さんの間に割って入った。トーカ、イケメン。
「こ、これはすいません。正体不明と言われた狐姫と会えるとは思ってもいなかったもので…。」
「別にいいだろ。狐姫なんて噂されてるが、会ってみればただのどっか抜けてる小娘だぞ。それより、ほら家賃だ。」
んん!?わたし今、サラッと馬鹿にされた!?ふ、ふふん。わたしを馬鹿にするとトーカが恐いんだぞ?知らないよー?
と、トーカを見てみるも別段怒った感じもない。むしろウンウンと頷いていらっしゃる。そ、そうですか…。わたしはどっか抜けてるんですか…。
「は、はい。…たしかに。ですが、これは更なるアピールポイントだと思いますが?なにせ、時の人となっている狐姫様がユウ様なら人々も親近感の湧くことでしょう。どうでしょう?正体を明かし、支持を集めてみては。」
一人落ち込むわたしを他所に、店長さん。そういえばまだ名前知らないや。でもいっか、店長さんで。で、その店長さんは提案してきた。
正直、正体を隠してるわけじゃない。ユウジ・トウジョウがユウ・アトライトとなった事も隠してるわけじゃないのだ。だから、わたしとしては別に店長さんの言うように正体を明かしても問題はない。でも…。
「駄目じゃ。」
トーカは断固反対なのだ。ついでに言えば、フィーナも断固反対派。わたしも正体を隠すつもりもなければ、明かしたいって思ってるわけでもない。だから親しい二人が言うなら別にそれでいいか、と特に深く考えることもなくそうしてきた。
「それは何故なのか理由をお聞きしても…?いや、これ以上踏み込むのは失礼に当たりますね。忘れて下さい。ただ…、正体は明かさずとも取引はして頂けませんか?」
店長さん的にはすごく気になっているようだったけど、そこは大人の対応というやつなのだろう。自主的にこの話から身を引いた。それでも、やっぱり商人なのか取引はしたいらしい。
「取引って言うけど、どんな取引なの?それがわからなければ、なんとも言えないよ?」
当然の反応じゃないだろうか。ほら、元の世界でも言うでしょ?契約書も見ずにサインをするとろくな事がないって。どうよ、わたしなかなか慎重でしょ?抜けてるなんて言わせないよ!
「それもそうですな。では、こういった内容はどうでしょう。べードン商会はユウ様の狐姫という名をお借りしたい。その対価として、べードン商会は、ユウ様の購入して頂く商品を一割引する。つまり、ユウ様はべードン商会で買い物をする場合、いつでも定価の九割の値段で買えるのです。悪い話ではないでしょう?」
ふむ。狐姫という名にそれほどの価値があるとは思えないんだけど、それでも欲しがる人が居てその対価でずっと十%オフの値段で商品が手に入る。魅力的な話じゃないだろうか?うん、受けても良さそう。
「ふむふむ。いいんじゃ……」
「話にならぬな。定価の三割じゃ。」
わたしの中ではおっけーだった話なので、受けようと思い話し出すと、トーカが割って入って被せてきた。なんて言った?定価の三割?え、それはさすがに安すぎてやばくない?
「それではべードン商会が潰れてしまいます…。では定価の八割でどうでしょう。」
「駄目じゃ、定価の四割じゃ。」
「これは手厳しい…。では…七割では?これ以上は厳しいですぞ。」
「ならぬ。お主も狐姫という名の価値をわかっておるから、この話を持ち寄ったのじゃろうて。それに考えてみよ。このゲルダンも我が主の正体を知っておるとは言え、狐姫の名は使わぬ。そうなれば、お主のべードン商会が初めての狐姫のお墨付きを貰えるのじゃぞ?それを生半可な価値で決めてはこちらの名が廃るのじゃ。五割じゃ、そろそろ決めぬか?」
うーん…?なんかよくわからないけど、今ものすごいことが起きてるんじゃなかろうか…?いや、全然わかんないんだけど。これは、あれかな?そう!商人の交渉?みたいな?
わたしがそんなことを脳内で思っていると、トーカの言葉にずっと唸っていた店長さんが、とても覚悟なさった顔を見せた。
「…分かりました。トーカ様の話はもっともです。ですが、五割は厳しい。どうか六割で手を打って頂けませんか!」
「ふむ…。落とし所じゃな。良いじゃろう。六割で取引は成立じゃ。」
「ッ!!ありがとうございますッ!!」
トーカの言葉に、感極まったと言ったように狂喜乱舞する店長さん。それに着いていけないわたし。ゲルダンは…寝てる。
え…?結局なんなの?わたしは狐姫という名をべードン商会に貸し出して、べードン商会はわたしにいつでも四十%オフのセールしてくれるってこと?
「トーカ。結局なんだったの?」
狂喜乱舞していた店長さんがこれから忙しくなりそうです!と興奮していたので、わたし達は退散してきた。なんかこわかったし。目が血走ってたよ?そんなにすごいことしたつもりはまったくなかったから、びっくりだよ。
退散してきたわたし達は、ゲルダンのお店、シューマジア魔道商店に来ていた。そこで、トーカに聞いたのだ。なんかモヤモヤするし。
「簡単なことじゃよ。主は名を提供し、べードン商会は繁盛するのじゃ。その見返りに安く品を買えるようになったと思えばいい。」
そこは、話の流れでなんとなくわかったんだけど、疑問はそこじゃないんだよね。
「わたしの名って、狐姫でしょ?それでそんなに繁盛するの?」
「ふむ。そうであったな。我が主は理解しておらんかったな。お主の狐姫とはただの愛称ではない。二つ名じゃ。」
「え?二つ名?二つ名って、あの二つ名?」
二つ名と言えば、実力のある者が周りから認められその戦闘スタイルや見た目から授けられるもう一つの名のことだ。なんでわたしがそんな大層な名を貰っているのかわからない。
いつもトーカに注意されるので、ひっそりコソコソとあれやこれやしていたつもりだったし。
「……主よ。なにゆえ、儂がいつも注意していたかわかっておるか?」
わたしは首を振る。むしろ忠告どおりしていたじゃないって思う。
「戦う時はそこそこに派手じゃし。関わる者に、お主姿を隠そうともせぬじゃろう?いつも無関係の者にしか注意を払わぬからこうなるのじゃ。」
その言葉にわたしは愕然とした。関わる者にまで姿を隠さなきゃいけなかったのか…。いやでも、当たり前だよね…。関係者がその後生けてれば、わたしの事を話すだろうし…。口止めも別にしてないし…。
「やはりお主は…。まぁよい…。」
わたしの様子を見たトーカは、少し呆れ気味にため息を吐いた。うぅ…。気をつけます…。もう遅いと思うけど…。
「なぁ、そんなことより、今日はなんの用だったんだ?」
半ば放心状態のわたしに構うことなく、気だるげに今まで黙っていたゲルダンが口を開いた。
あぁ、そうだっけ。わたしゲルダン探しに行ったのは用があったからだった。二つ名のことが気になりすぎて頭から抜けてたよ。
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