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5.夜更の後悔
その日武田春樹が自室に戻って来たのは、夜明け近い時間だった。
何処で呑んでいたのか、彼の体からはアルコール臭が色濃く漂っている。かなりの深酒をしたようだった。上着すら脱がず、ベッドの上に転がり落ちる。
あの人の悪い青年教師と早いうちに別れていて良かった。武田は心底そう思った。あの男にこんな姿を見せられるものか。
眼を閉じると、一人の少年の姿が浮かぶ。
──十二歳の頃の俺。
あの頃の俺は、“力”を手にしたことでいい気になっていた。自分が特別な人間になったつもりでいた。……なんでもできると、おもいこんでいた。
俺があの男を追い始めたのは、本当にあの少女のためだったろうか? テレビのヒーローにでもなったつもりで、チープな正義感に酔っていなかったろうか?
そのあげく俺は生命の危機に陥り……結果、自分の力を暴走させ、あの男を破滅に追い込んだ。悪い奴をやっつけたというカタルシスはあったが、後味は決して良くはなかった。ヒーロー番組と現実は自ずと違う。その上、自分の身を守るためとは言え他人を呪う結果になってしまったことは、一族の間でも問題となった。俺の家系では、人を呪うことは禁忌だった。
祖母は言ったものだ──自分のやったことは、自分でかたをつけろ、と。それはつまり、自分で憑けた“想い”は自分で祓えということだった。最初は簡単だと思っていた。憑けることは出来たのだ。祓うことだって出来る筈だ。
──だが、駄目だった。
何をどうしてみても、男から自分が憑けた“想い”を祓うことは出来なかった。それどころか男の苦悶がダイレクトにこちらに伝わって来た。男の苦しみは俺自身の苦しみだった。男の死ぬその瞬間までもが、俺には我がこととして感じられた。俺は完全に無力だった。
男の死後に証拠が発見され、男の犯罪は全て日の光の元にさらされた。街の有力者だった男の名は、一気に地に墜ちた。その時俺は既に街を去っていた。街の人々の眼は最後まで冷ややかだった。
(判ってるさ。これは俺の罪だ)
武田は歯を食いしばった。そうしなければ悲鳴が漏れそうだった。今だけだ。明日になればまた何事もなかったような顔をして、事件の現場に立てる。これまでずっとそうして来たのだ。
朝になる前の最も昏い時間の中で、武田春樹は癒えない傷をじっとこらえていた。
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