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「そうやって、誰かのケガレを引き受ける気ですか、君は」
武田が出て行ったのを見計らって、芦田風太郎はこっそり呟いた。よっこらしょとばかりに上体を起こし、頬杖をつく。
「君は、自分が思ってるほどには悪い男じゃありません。しかし……」
何故か彼はことさらに偽悪的であろうとする。気難しく人を寄せ付けないひねくれ者という仮面をかぶって、常にそれを外さないでいる。いや、彼自身それが仮面だと認識すらしていないのかも知れない。
しかし、芦田は知っている。彼は自分の持つ能力――代々強力な霊能者を生む血筋から与えられた、その場に染みついた“想い”を読む能力を、凶悪な犯罪によって散らされた命のために使うことを選んだ。だからこそ武田春樹という男は、あえて刑事という職業を選んだのだ。
「何か……心当たりでもありましたかね?」
まるで自ら進んで悪意をかぶろうとするかのように。思えば武田にはそういうところがある。何処かに虚無を背負っている。自分に向けられる悪意さえ、彼には“見えて”しまうと言うのに。
だが自分が手を貸すことは出来ないだろう。そもそも彼と自分は──こうして一緒に呑むこともあるが──友人ですらない。向こうもそう思っているだろうし、こちらもそう思っている。ただ自分の方が勝手につきまとっているだけだ。芦田は正確に認識していた。
「さて、置いてかれちゃったし、僕も帰りますか」
芦田は席を立った。ふらり、と店を出る。
途端に。
「声を立てないで」
背中に何かが押しつけられた。恐らくは、拳銃。
「僕、あんまりお金は持っていませんが……」
「物盗りじゃないわ。あんたは何も言わずに来てくれればいいのよ」
後ろから聞こえる女の声は、若くはなかった。芦田はこっそりと後ろをうかがった。自分の肩越しに、白髪がかなり混ざった頭が見えた。
「──抵抗はしませんよ」
芦田は答えた。銃を持つ相手の手が震えているのを感じたからだった。こういう手合いには、いつ引き金を引かれてもおかしくはない。
「その車に乗りなさい」
言われるままに、目の前に停まっていた軽自動車の後部シートに乗り込む。手を後ろに回されて手錠をかけられる時も、目隠しと猿ぐつわをされた時も、その長身を折りたたむように後部シートに横たえられ、カムフラージュらしい毛布をかぶせられた時も、芦田は一切無抵抗だった。
(さて、僕を誘拐してどうするつもりでしょう?)
芦田と女を乗せ、車は夜の中を走り始めた。
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