2.教師の不在

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2.教師の不在

 街中で武田を呼び止めたのは、近くの私立高校の制服を着た少年だった。 「武田さん……だったよね、確か」 「そうだが?」  武田が答えると、少年はにぱ、と笑った。人を引き付ける魅力的な笑顔。充分に武器になる類の笑顔だった。 「ちょうど良かった。あんたのこと探してたんだ、俺」 「俺を?」 「ああ。あんた、あっしー……いや、芦田先生の知り合いだろ?」 「……あのセンセイの生徒か、おまえ」  武田は渋い顔をして煙草をくわえた。そう言えば、演劇部の顧問をしていると聞いていた。 「で? なんだって俺を探してたんだ?」 「今日、あの人が学校に来なかった」  少年はずばりと言った。武田は紫煙をくゆらしつつ、目をすがめた。 「昨夜やたら呑んでたからな。二日酔いじゃないのか?」 「今朝から何度も携帯に電話をかけてるが、一度も出ないんだぜ。それに、あの人は無断欠勤はしない。ずる休みする時だって、電話の一本もかける程度には律儀だよ」 「なるほど?」  煙を吐き出す。 「失踪届なら、ちゃんと署の受付に出すんだな。俺は代わりに出してやるほど暇じゃないんでね」 「別にあんたに頼む気もねーよ。心当たりがないか訊きたかっただけだしさ。あの人あれでホントに親しい人って少ないから」 「あいにくだが、思い当たる節はないな。大体、あのセンセイはいつふいっといなくなってもおかしくない男だ。それはおまえも判るだろう」 「ああ、そういう所は確かにあるね。だけど、今はまだいなくなることはない」  彼は奇妙に自信に満ちた物言いをした。 「なんでだ?」 「芦田風太郎は俺の才能に惚れ込んでるから」  臆面もなく言われた言葉に、武田は思わず少年を見た。彼は口元にうっすらと笑みを浮かべ、ごく普通に雑踏の中に在った。ただ、釣り気味の眼に何とも言えない意思の力があるのが見て取れた。それが凡百の学生達の中からこの少年を差別化していた。なるほど、確かにあの男が気に入りそうな奴だ。武田は思った。 「俺が一人前になるのを見届けるまでは、あの人は勝手に何処かへ行っちまうことはないさ。だから俺達も変に思ってる」 「マジで言ってるな、おまえ」  自信過剰としか思えない言葉だったが、彼が言うと妙にすんなりと入って来る。これも彼の言う「才能」だろうか。 「言っとくが、あのセンセイはおまえに心配してもらうほどやわな男じゃないぜ?」  武田が言うと、少年はにやりと笑った。 「そんなこた俺だって知ってるさ。あの人はなまじっかなことじゃくたばらない。戻って来ないってことは、多分あの人自身の意思だろうね。もしヤバいことに巻き込まれてんだったら──こっちに類が及ばないように気をつけるだけさ」 「随分薄情だな」 「何言ってんだい。姿を消してるってのはこっちを巻き込まないつもりだってことだろ。少なくとも、俺がそう受け取るってことは、あの人も予想がついてるだろうからね。……あんたも、気をつけた方がいいかもな」 「ご丁寧にどーも。なかなか賢いな、おまえ」 「よく言われるよ」  何処までも食えない少年だった。教師が教師なら、生徒も生徒だ。だが、この少年の食えなさはそう不快ではなかった。  自宅に帰ってポストを見ると、いつもと同じように白い封筒が入っていた。念のために開いて見ると、書かれていた文章はいつものそれとは違っていた。 「御友人の命が惜しければ、今夜0時○○埠頭の廃倉庫に来られたし」  ──悪い予感がした。
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