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十五年前。
まだ十二歳の少年だった武田の住む街で、幼女を陵辱して殺す連続殺人事件が起こっていた。手口はいずれも同じく絞殺。指紋や体液、遺留品などは一切残ってはおらず、捜査は難航していた。街の人々は早くから自警団を組織して新たな悲劇を阻止しようとしていたが、犯人はそれをあざ笑うように犯行を繰り返していた。
その少女は武田を兄のように慕っていた少女だった。その頃から武田は一人でいることが多かったのだが、少女は恐れもせずに武田の後をついて回っていた。武田も半ば戸惑い、多少は鬱陶しいと思っていたが──誰かと一緒にいるのは悪くはなかった。
だが。
その少女が無残な姿となって発見されたのは、ある雨の日だった。手口から例の殺人犯の仕業と断定された。
少女の葬儀はしめやかに執り行われた。武田もそこに出席していた。死と哀しみの気配が、葬儀の場全体を包んでいた。小さな柩が祭壇の中央に置かれている。誰かが少年に花を手渡した。武田はそれを少女に手向けるべく、柩をそっと覗き込んだ。
少女の顔にはうっすらと化粧が施されていた。だが、その下からかすかに苦悶の跡が見て取れた。武田は手にした花を柩の中に入れた。手が――死者の小さなそれを掠めた。
その瞬間。
“来た”。
思えば、それが最初だった。五感の全てが猛スピードで押し流されるような感覚。それは彼の“能力”が発現した、まさにその瞬間だった。彼は少女にシンクロしていた。恐怖と苦痛の一切を、少女と共に感じていた。自分の首を締める腕があった。苦しい息の下で、武田はその腕の先にある顔をはっきりと見た。欲望に歪んではいたが、確かに知った顔だった。
その顔を認識した瞬間、武田は現実に戻って来た。全身にびっしょりと汗をかいていた。まだ締められた感覚が残っているようで、武田は大きく息をついた。顔を上げ、振り返る。
視線の先に少女の母親を親身になって慰めている男がいた。この街で名士として知られる男だった。面倒見がよく、子供好きで、悪い評判の一つもない男。そして、柩に横たわる少女をその手で絞め殺した男だった。
翌日から、武田は一人で男の周辺を調べ始めた。とは言っても、当時彼はまだ小学六年生だ。出来ることなどたかが知れていた。それどころか、彼のやっていることは当の男に筒抜けとなっていたのだった。
男は自宅の地下室に武田を誘い込んだ。防音処理をしてあるその部屋が少女達の殺害現場であると、武田は一目で見抜いた。逃げようと思う間もなく、男の指が自分の首に食い込んでいた。
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