【二】

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流川は大きく踏み込んで切りかかった。 枇杷は軽やかに刃を躱すと、すかさず自身の刀を突き出してきた。 鬼の反撃に、足元のめくれ上がった畳を蹴り上げる。宙に跳ね上がった畳が枇杷の視界を遮った。突き出された刃が畳を貫き、流川の頬をわずかに掠めて行った。 大上段に振り上げる。 そして一息に振り下ろした。 宙を飛ぶ畳が両断される。 その向こう、枇杷の身体にも流川の刃が駆け抜けていった。右の首筋からはいった刀身が、肉を絶ち骨を砕き腰までを縦に切り裂いた。 大量の血液が音を立てて畳の上に降り注ぐ。胴体とともに斬られた右の手首が刀を握ったままぼとりと落ちた。 枇杷の身体は前のめりに倒れ込んだ。 床に伏した橙色の頭を見下ろしながら、流川は肩で荒い息を継いだ。服が背中に貼りつき、脂汗が滲んだ額には乱れた髪がくっついている。一刀に全霊を注いだ緊張を吐き出すように大きな息継ぎを繰り返した。 確かな手ごたえだった。 しかし達成感は微塵も湧いてこなかった。 鬼はまだいる。魍魎に取り込まれた愛染を救出しなければならない。長谷川たちと合流して、総治郎と彩を安全な場所へ逃がすまで、安堵は出来ない。顎に伝う汗を襯衣で拭う。 「ぼくのご機嫌な右腕が取れちゃったんですけど~?」 無邪気な声。 うつ伏せに倒れていた枇杷が、何事もなかったかのように身体を起こした。 右半身が縦に裂けているにも関わらず、声にも表情にも、痛がっている様子はない。 流川は息を詰まらせる。背筋が凍えるように冷える。
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