【一】

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張りつめていたものが緩み、凍え切っていた空気がやわらかく変化していく。詰めていた息を吐き出して、凝り固まっていた緊張感もいくらか解けていった。 「城外への抜け道がある部屋へ向かいましょう。ここから一番近いのは……」 愛染の言葉を彩が継ぐ。 「二つ上の階の西側、自坊(じぼう)の本堂でございましょう」 「廊下は危険なので、外回廊に出て迂回しながら進むのが最善かと」 長谷川の提案に、流川も愛染も頷く。彼らの視線は外へと続く扉へと向けられた。それは外回廊へ続いている。高層階にのみあり、非常時に備えた避難通路として設置されたものだった。城内に比べれば亡者たちがいる可能性も低い。 「愛染」 総治郎に聞こえないように、流川が小声で話しかけてきた。 「城門にいた守衛たちの報告では、鬼は少なくとも三体いるらしい」 「三体も」 冷たい手で心臓を握られるような感覚だった。流川も困ったような笑いを浮かべている。 鬼一体を倒すことも容易ではない。その膂力(りょりょく)や残虐性をまえに、鬼退治を専門にしている歴戦の猛者たちでさえあっけなく命を落とす。 しかし、愛染はすぐに表情を引き結んだ。 流川と目を合わせ、ふたりは力強く頷いた。 「総治郎さま。もうしばらくご辛抱を」 「うん。大丈夫だよ、愛染」 幼い主は精一杯の笑顔を浮かべてくれた。 「なぁに道のりはあと少しだ! 到着地点はもう見えている」 鼓舞するように流川は声を張り上げる。帆に目いっぱいの風を受けて進み始める船のような頼もしさに、愛染や長谷川だけでなく、彩と総治郎の表情にも光が戻ってくる。 「――うっ!」 苦鳴とともに彩が身体を折る。 胸を押さえると背中を丸めてうずくまってしまった。
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