【一】

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「彩さま!?」 駆け寄った愛染は咄嗟に彼女の背中に触れた。僧衣越しに感じる体温とともに、どす黒いものが渦を巻くような感覚が手のひらに伝わって来た。思わず息を呑む。 「この禍々しい(まじな)いは……!」 「なにが起こっている? 呪いを使えない俺たちにもわかりやすく言ってくれ」 「何者かの呪いが、彩さまの呪いを押し返しています。それはとても攻撃的な呪いで、彩さまを身体の内側から(むしば)もうとしています」 流川は素早く廊下のほうを振り返った。 彩の結界はまだ機能している。外からのうめき声が聞こえて来るが、閉ざした襖が突破される気配はない。ただ、屍の不気味な足音がうろうろと彷徨っているのがわかる。 「私の呪いで押し流してみます。彩さまほど強い力はありませんが、やってみます」 愛染は彩の背に手を当てたまま目を閉じた。 自分の身体を流れているものが、手のひらを通して彼女へ流れ込んで行く様子を思い浮かべる。彩の身体を害そうとしている、どろりとした黒いものを押し流していく。 しだいに、詰まるようだった彩の呼吸が落ち着いて来た。尼僧は脂汗を浮かべながらもゆっくりと上体を起こし、愛染へと頭をさげた。 「ありがとう。助かりました」 愛染はわずかに自嘲する。 「刀を握ることを選んだゆえ、もてあましていた力ですが役に立ってよかった」 「あなたらしい、やさしい力でした」 そう言って彩は慈しみ深い笑みを投げかける。真正面からの賛辞に、愛染は照れくさそうに口をもごもごとさせた。そんな様子を見上げる彩は、子を見守る親のような微笑みを浮かべた。
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