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1.集合の日
わからない。お手上げだ……。
キースは、ぐるぐる回る螺旋階段の壁面いっぱいに詰め込まれた、膨大な本の隊列を見上げて途方に暮れる。
そこは図書館だった。
年代物のシャンデリアが吊るされた城の玄関ホールを抜けると、まず最初の扉を開けたところに、その広い空間はあった。
天井のガラスドームを中心にして、螺旋階段が大きく渦巻いている。
その壁は全て作り付けの本棚になっており、ところどころ、すっぽりと妙な具合に抜けている箇所を除いては、大体本が詰まっていた。
かつてここに住んでいた城主が、自分の趣味全開でつくった図書館。そういう雰囲気ではある。
城主は、この大量の本で満たされた気だるい空間でたった一人、豊かな、けれども、少し寂しい晩年を過ごした。そんな話が推測されそうな。
だが、その図書館が普通の図書館と異なっている点。それは、この図書館に並んでいるのが全部、同じ本であることだった。
同じ大きさ、同じ色。同じ厚さ、同じ表紙、同じページ。中の絵も文字も、そっくり同じ。同一の本。
どの棚からどの本を取り出しても、全部同じだった。全く同じ本が、何百万冊、何千万冊、それ以上かもしれない。気の遠くなるほどの数が螺旋階段を回って、永遠のように棚に収められているのだ。
もうそれは、悪趣味を通り越して、白昼夢でも見ているような気分だった。
キースは、その中の一冊を選んで、手に取ってみた。
もう何百回、そうしただろう。いや、何千回、何万回かもしれない。
本の表紙は固く、中のページは少しざらざらした感じの柔らかい紙が使われていた。ページ数は、そう多くはない。百ページくらいしかないかもしれぬ、薄目の本だ。
深い緑色の表の表紙には、火を吹く竜の絵が、銀色の糸で刺繍されている。
中を開いてみると、湿った甘い匂いが、ふわりと鼻孔をかすめた。ページは海の浅瀬を思わせる、半透明の薄緑色だ。
本自体は、それほど珍しいものでもなかった。ちょっと変わってはいるが、特に驚くような感じでもない。
学校の図書館で、世界中から集めた、もっと珍しい本や美しい本をキースは見たことがある。
けれども、その本のつくりは少し変わっていた。
一般的な本のように、背のところできっちりと糸で綴じられてはおらず、ごく軽く、糊でくっつけているだけだった。ちょっとページをめくろうとしただけで、簡単に外れそうになる。
注意して扱わなければ、たちまち薄緑色のページはばらばらに剥がれ、巨大な螺旋階段の間を薄緑の紙吹雪のように散乱してしまうだろう。
それぞれのページには魔物らしき獰猛そうな動物の絵が一つだけ描かれ、その下には奇妙な文字が並んでいた。
1ページに1種類の魔物の絵。そして、何列かの文字。そういう形式のページが集まって、本はつくられている。
もしかしたら、魔物の図鑑か何かなのかもしれない。それか、塗り絵とか、こういう形式の絵本とか。
キースは思ったが、表紙の文字もページの文字も全く読めなかったので、それはわからなかった。
学校では魔法に関する書物も授業の中で扱われるので、多少の言語は勉強している。一般的な魔法書に書かれている文字は、一応書くことも読むこともできた。
けれども、本の文字は、キースが今まで見たこともない文字だった。
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