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   「お、俺、知らねー」孝ちゃんは背を後ろに向けたまま後ずさりするようにだんだんと僕から離れていった。そして10秒後には猛ダッシュで逃げて行った。    この時ほど友人の冷酷さを思い知らされたことはない。    僕は1人公園で傘をくわえ茫然とした。    (孝ちゃんが去った・・・)  いつだって頼りになる孝ちゃん、何でも知ってる孝ちゃんは目の前から遁走した。    ふと我に返ると痛みがあって呼吸もしづらい。いつの間にか嘔吐していた。    そして嘔吐の唾液に一筋の血がまみれていた。    急に涙が出る。    嗚咽が苦しくて鼻呼吸に変えた。もう僕は泣き叫んでいた。   「●▼#□*※・・・」口に咥えた傘のせいで大声で泣き叫べない。   (家に帰ろう、オヤジはいるはず)      父は彫刻家だったので日中は家のアトリエにいることが多い。母はこの日出掛けていた。    気づけば口からは血が流れて、砂地の地面を濡らしていた。    オレンジの傘の柄をこねくり回していると自動で傘がバッと開いた。地獄・・・。    オレンジ色の傘に描かれたペンギンや象、ライオンのイラストも今は悪魔のようにしか見えない。    僕は半分朦朧としながら家路につくことに決めた。                    市道57号線に沿って傘をくわえ血にまみれた幼稚園児が泣き叫びながら歩道を歩いている。    通り過ぎる車にも誰にも気づかれなかった。    もし見かけた人がいれば滑稽極まりない姿であったろう。オレンジの傘が開いたまんまで口に傘をくわえた幼稚園児。
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