01 差し出された傘

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01 差し出された傘

まだラッシュの時間には少し早いため電車内の人混みは鬱陶しいほどでは無かったが、その半数ほどが水の滴る傘を手にしていることに気が付き、うちの方じゃ降らないっていうから持ってこなかったのに、と、私の気分の方はけっこう鬱陶しい感じになり始めた。 通勤快速で辿り着く終点駅は、最後に長いトンネルを十分ほど走って辿り着く。 さらに電車を降りてからも、目的地に最寄りの出口までかなりの距離を地下道で進むのが普通であるため、地上の天気はしばらくわからない。 もしかしたら自分の出口の方では降ってないかも、という期待に賭けて早足で階段を上るが、 「うわ……やっぱり降ってるし……」 電車に一時間以上も乗ると、乗った駅と降りた駅の天候が違うことが少なからずある。 地元の街は山に囲まれた地域なので雨が多いと思っていたが、意外にも都心は排気ガスや空気中のチリによる雲が発生するとかで、ちょっとぐらいの山よりもむしろ謎のにわか雨は多いらしい。 「やっぱりこんな遠い高校、無理して受けなきゃ良かったな……。 それなりの名門大の附属校だから先々考えればいいのかもしれないけど、校則厳しくてバイトどころかロクにおしゃれもできないし、部活も含めたら朝七時から夜八時まで学校にいるわけで、大人の世界だったらもはやブラックよ、こんな生活。 よくみんな生きてるもんだわ」 階段を上った先の地下道入口の屋根の下で、思いのほか雨脚を強めてくる空を見上げながら、徒歩八分、走れば三分の距離を、諦めて濡れて行くか、しばらく待って雨が止む可能性に賭けるか考えていると、 「入りますか」 背後から優しい声がかけられた。 振り向くと、全身黒の学生っぽいラフな服を着た少し歳上の男子が、大きな黒い傘を開いて私に差し出していた。 「あ……え、と……」 誰? うちの先輩……じゃないよね……制服来てないし。 先生……にしては若過ぎるか……。 大学の方の人かなぁ。 朝からナンパ……?なわけないか。 どうしよ……。 戸惑っていると黒い男子は影が揺らめくようにふわりと私の隣に立ち、自分と私を傘の内に並べた。 「迷っている時間は無いと思いますよ。 いいじゃないですか、相合傘ぐらい。 世の中じゃみんなやってる普通のことなんだから」 「い……いや……そういうことじゃなくて……まぁ……そういうのもあるけど……」 「とにかくいったんここから出てみましょう。 そしたらなんかこう、確かにこんな雨では傘もささずに行ったらきっと後悔しただろうなぁ、渡りに船とはこのことだなぁ、とかなんとか思うはずですから」 「えぇと……?……はぁ……」 部活の朝練のことを思うと確かに時間は無い。 そして長時間の電車疲れもあって、畳み掛けるような台詞に流されるように、ついうながされるままに男子の傘の中、屋根の下から歩み出た。
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