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福島の掟
2035年7月25日
福島県出身の橘孝之は本庁で刑事をしているが、ある日、彼を頼って東京に来てトラック運転手をしている弟の孝雄がヤクザの抗争に巻き込まれて射殺されてしまう。
2035年7月27日
孝之は妻の明菜と弟の亡骸と共に帰省、すると彼らの兄、孝盛ら親族一同は福島の伝統に従ってヤクザに対し血の復讐を行うよう強硬に主張、それに対して孝之は警察に任せるよう必死に説得し、一旦はその場を収める。
2035年8月3日
しびれを切らした孝盛は単身、東京に向かい、独断で復讐を開始してしまう。これにより、橘一族とマフィアはついに全面対決に突入、孝之は福島の掟と警官バッジの間で苦悩しながらも、闘いに身を投じていく。
2035年8月7日深夜
明菜が目黒にある行人坂で刺殺される。
霊安室で亡骸にしがみついて孝之は咽び泣いた。
「必ず敵はとる!」
明菜を殺したホシは柳生組か、細川組のどちらかにいる。
2035年8月8日早朝
恵比寿ガーデンプレイスに孝之はやって来た。洗練された大人向けのスポットで、東京都写真美術館やウェスティンホテルなどが入っている。グラス・ウェアの吹き抜けを見上げていると、「おい!」と声をかけられたのでヤクザかとビクッたが孝盛だった。
「何だよ、兄貴か?」
「何だよとはご挨拶だな?」
セミがジリジリ鳴いている。
「うるせーな」
孝盛は舌打ちをした。
「まだ、6時だってのに」
孝之は早くも汗をかいていた。リュックから制汗スプレーを出して、かりゆしの隙間からシューッとやった。
「今だから言うけど、俺は明菜さんのことあんまり好きじゃなかった」
孝盛の意外な発言に孝之は唖然とした。数秒後、体の奥底から怒りが込み上げてきた。
「どうしてそーゆーこと言うんだ!?」
「お高く止まってるとゆーか?まぁ、東大卒だから仕方ないんだろうけど?」
「コンプレックスか?いくら兄貴でもそれ以上言ったらぶん殴るぞ?」
「キレるなよ?けどさ?明菜さんを殺したのがヤクザとは限らないよな?」
「何が言いてぇんだ?」
「何で刃物なんか使ったんだ?」
最近、銃撃事件が相次いでいる。7月15日は白河で伊藤政之って詐欺師が、26日には武田慎吾って福島県警の刑事が、そして孝雄。いつだったかは忘れたが武田清史郎ってヤクザが拳銃自殺している。
「そういえばそうだな?」
孝之は孝盛に軽食屋でトーストセットをご馳走してもらった。
クーラーがほどよく効いている。
誰が聞いているか分からないから筆談することにした。
孝盛がこんがり狐色に焼けたトーストをサクッと齧った。
孝之は『ヤクザだとバレるのを恐れた?』と、ボールペンで紙ナプキンに書いた。
それを見て孝盛が首を傾げる。
孝盛は『弾が尽きた』と書いて、ブラックコーヒーを飲んだ。氷がカランと音を立てた。
「それはあるかも知れない」
さらに孝盛は『明菜の交友関係を探れ』と、紙ナプキンに書いて見せた。
孝之は妻の敵を取るために警察を辞めようと考えていた。だが、考えを改めることにした。警察にいないとつかめない情報もある。
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