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作中作『中島』の物語【書きかけの原稿】
中島は文章の書き方について書かれた本、とりわけ『作家志望のための本』を好んでいた。
それらの本を繰り返し読めば、自分は『輝ける作家』になれると信じていた。
夜、布団に潜る前に。
朝、自分の顔を眺めながら、歯を磨くときに。
昼間、道を歩きながらガラス張りの店を横目で眺めて、自分の姿を確認するときに。
中島は唇の両端を釣り上げて、思い描いた。
芥川賞、直木賞、どちらでもいい、欲を言えばダブル受賞がいい……マスコミの前でたくさんのフラッシュに目をしばたたかせながら言葉を紡ぐ自分の姿を。
そう遠くないうちに実現する夢だから、夢ではない。『予定』であると中島は確信している。
あとは、書くだけだ。
そう、書くだけだ。
しかし、中島にはできなかった。
中島は書けなかった。
それでも、作家になりたかった。
中島の腹の奥底には、幾千の語るべき言葉があった。
いまの世の中はおかしい。
僕は正しい。
こう言えば、世間は許さない。
何かを叫ぶなら、やわらかいかたちで相手に渡さなくてはいけない。
それが世界の……いや、中島が生まれた時代の日本のルールだった。
平成から令和へと新時代に変わったが、メガホンで叫び、プラカードを掲げて街中を練り歩く『主張』はいまでも行われている。
そんな行為は派手だが、一過性のものだと中島にはわかっていた。
テレビカメラが彼らを映して、「見てください! 大勢の市民が……」とリポーターが声を張り上げる報道。画像や動画をモザイク処理をせずに撮影する『一般市民』によるネット投稿。
数日間騒がれても打ち寄せる波のようにやがては消え去るものだと、中島は思っている。
自分の『主張』はもっと価値のあるものだと、中島だけが信じていた。
自分の紡ぎ出す言葉は、蚕が作り出した繭のように慎重に扱われるべき思考の欠片だ。
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