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叶えられないとわかっていたのに
矢城さん。あなたに会いたいです。
さつきさん。僕も会いたいです。
叶えられないとわかっていたのに、さつきの願いに同意して、ふたりの約束としたのは罪なのかもしれない。
会いに行けばよかったのだ。
「ビョウキ持ちのおまえが、飛行機で本州に行けるわけなんかないだろ」
父からの言葉。あれこそ、警告だろう。しかし、矢城にとっては呪いの言葉であり、言霊だった。
だからこそ矢城は、さつきが住む神奈川には行かなかった。彼女が亡くなったあとも。
さつきさん。僕はあなたに出会うのが遅すぎたのかもしれない。
75歳で旅立ったさつき。あれから、二年が過ぎた。
矢城のことを『若い読者』と言ってくれた。
そうだ。これは片想いだ。
矢城がどんなにこころをさつきに向けようとも、矢城はさつきにとってたくさんいる読者のなかのひとりに過ぎない。
それでも、よかった。
さつきはいままでも、これからもずっと矢城にとっての光だから。
文字の打ち過ぎて利き手ではない左手の痛みを感じ、休憩を取ることにした。
矢城には充分な時間があった。いままでも。これからも。病を患う矢城は、白の時代が永遠に続く。
パソコンデスクから離れると、本棚の本を並べていない一角に置いた、煎餅を入れていた銀色の空き缶をを取った。
蓋を開ける。このなかには、さつきから受け取った数十通の手紙がある。一番上にある手紙を取った。
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