愛を知るAI

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愛を知るAI

「バカらしい」  バカらしい、バカらしい、バカらしい!  口に出した言葉を、心の中で三度繰り返す。それくらいでは足りない程バカらしいと思ってはいるが、しかしN博士にとってはどうしてもやらなければならない事であった。  作りかけのロボットの腕や設計図もどき、その他諸々のガラクタばかりの部屋で、N博士は憤懣やるかたないといった様子であった。 「何が新型AIの開発を~、だ。バカ共め。AIを、開発を何だと思っているのだ、バカ共め」  先程の訪問者とのやり取りを思い出しては苛つき、そこらにある物に八つ当たりをする。 「先生、AI研究の最前線におられる先生なら、きっと容易い事ですよね?」  ニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべながら、その男は言った。実に効果的な言葉だ。俺という人間を良く知っている。 「……出来ない事など私にはない。やろうじゃないか」 「おぉ! ありがとうございまぁす!」  頭を下げては見せているが、内心思い通りに事が運んでほくそ笑んでいる事だろう。実に腹立たしい。しかし俺も負けず嫌いのへそ曲がりだ。そうと分かっていても、こう答えてしまう。実にバカらしい。 「では、例の『愛を知るAI』の研究、お願いしますね!」  何が愛だ、バカめ。スポンサーでなければ、ぶん殴っているというのに。  人工知能、AI研究について、比肩なき活躍をしてきたN博士。その天才的な閃きによって次々とAIの新構想を打ち出し、そして飛躍的に向上させてきた。その研究成果のお陰で、最早初期の頃とは比べ物にならない程AIは人に近づいていた。人間のように思考し、正しい結論を導き出す。この技術によって多くの労働現場の状況が変わっていった。  だが、そこに来て先程のスポンサー企業からの無茶な課題である。 『愛を知るAI』。人とロボットは愛し合う事が出来るのか?などという妄想は、ロボットという単語が生まれた頃からの古典的な課題であるが、今まさに人類は、より人間らしいAIを、心を持ったAIを造る事に挑もうとしていた。  しかしN博士がその役割を担うには大きな問題があった。自分以外の人類は全てバカだと思っているN博士の人生の中で、愛などというものに触れる機会はとんと無かった。与えた事も与えられた事もない、孤独の人であるN博士に『愛を知るAI』を作れなど、土台無理な話だったのだ。  研究所とは名ばかりの、がらくたが散乱する部屋。ここがN博士の自宅兼仕事場である。あれこれと思考しては試製し、ダメになった物は部屋の片隅に追いやられる。それがある時また別なアイディアとの組み合わせで活きる事もあるから、なかなか捨てられないですっかり積もってしまった。  それに加え、このただでさえ狭い部屋を更に狭くしているのが、全体の四分の一もの面積を埋め尽くす巨大な鉄製の箱である。その箱からは無数のコードが繋がっており、ただのオブジェではない事を主張している。 「……ダメだなんて言っていてもしょうがない。やるか。おい、ポンコツ」 「ハイ、博士」  箱と繋がったスピーカーから人工音声が相槌を打つ。  何を隠そう、この箱こそN博士の初期の発明品であるAIなのだ。初期型なので、小型化は二の次三の次、機能だけを増強し続けていった結果このサイズに落ち着いた。  この初期型AIの研究成果を元に当時の次世代型AIを開発、世界中から賞賛される事になった。もう必要がないと言えばそうだったが、ふとした悪戯心でスピーカーを設置し、喋らせるようにした。コミュニケーションを取り、博士がアイディアを口にしてはAIに計算させ、実現に向けて役立てた。いわば助手のような存在だ。 「しかし……愛ねぇ……」  博士には不可思議な感情であった。処方によってはその人間の能力以上の力を発揮する事が出来、誤れば人を殺す程のエネルギーとなる。自己保存本能をも振り切り、自らの命を投げ出す事もある。その評価は一定ではなく、持つ人間によって意味合いが変わってくる。そんな不定形な存在をどうやってプログラムとしてAIに組み込めと言うのだろうか? 「ポンコツ、愛とは何だ?」 「愛。①情ケヲカケル事、可愛ガル事。②男女ガ思イ合ウ事。③何物カニ惹キ付ケラレル感ジ、マタハ物事ニ没頭スル快感。ナドデス」  辞書を引いたような回答。そりゃそうだ。このAIは自分で判断しない。ネットと接続しているので、そこから必要な情報を収集し、抽出し、博士にフィードバックする。機能通りとは言え、ただそれだけだった。 「なるほど、分からん」 「ソリャソウデショウネ」  いつもの、何の役にも立たないやりとり。研究は方向性すら見いだせないまま、遅々として進まなかった。  その次の日も、研究室に籠もってはうんうん唸る。AIに聞いたって、ろくな答えは来ない。こんな日々をもう二年は過ごしている。  とっちらかった研究室を見て、まるで自分の頭の中を見せつけられているようで苛ついてくる。いっそ全部ぶっ壊せばすっきりするだろうか?などという妄想が頭を過ぎる。 「あ~! クソっ! 何をどうすりゃいいんだ!?」  机に苛立ちをぶつける。しかし欲しい答えが返ってくる訳でもない。ただ、掌が痛いだけだ。 「ソンナ事シテモ無意味デショウニ」  AIの無神経な一言が(もちろん神経など最初から無いが)、苛立った博士の神経を逆撫でする。 「やかましい! そんな事は分かっている! 大体お前が役に立たないからこんなに時間が掛かってるんだ! ぶっ壊すぞ!」  博士が捲し立てる。が、AIは動じない。 「博士ガソウ望ムノナラバ、ソウナサッテ下サイ」  そう言われてしまえば、博士は立場がない。よしんば本当に壊してしまったとして、それはただの八つ当たりでしかない。『怒りに身を任せて自身の発明を壊す醜悪な博士』というレッテルが付いて回るようになるだろう。いや、博士は誰になんと言われても構わない。だが自分自身の過去にそのような『下らない行為を行った』という事実を刻み込むのが許せなかった。  怒りをグッと堪え、しかしせめてもの抵抗で、スピーカーに繋がるコードを引き抜いた。これで静かになる。問題が解決した訳ではないが。  そのまま一日、自分の中で自問自答し続けた。頭がおかしくなりそうだった。  翌日、いつものルーチンでAIに話しかける。 「おい、ポンコツ。愛とは何だ?」  返事は来なかった。不思議に思ってAIの方を見ると、スピーカーのコードが抜けていた。自分が昨日抜いたのだ。自分の怒りにまかせて抜いたコードを、自分で差さなければならないという間抜けな構図。腹は立ったが仕事にならないのでは困る。 「自分で差せよな」 「無茶言ワナイデ下サイ」  一日ぶりのAIの声だった。その日も結局何も進まなかった。  ある日、N博士の荒れた現状を漏れ聞いた数少ない友人が心配して、遠方より訪ねてきてくれた。自室の方は人を招き入れる事も出来ない程悲惨な状況であったので、少しはましな研究所で飲み明かす事となった。 「しかしお前はホントすごいよ。若い頃の夢をしっかり叶えて」  口の悪い事で有名な友人が、酔った勢いで珍しく博士を褒める。 「何だ急に、気持ち悪いな。お前らしくもない」 「何だよ、たまには良いじゃないか。俺の素直な気持ちだよ。  実際そうさ。お前は学生の頃からずっと変わらない。いつもトップに行って、きっちり成果を出して。孤高の人、って感じだったな。  だが、お前ももういい年だ。そろそろ結婚でもしたらどうなんだ?いつまでも一人、という訳にはいくまい」  博士は答えに窮した。別段結婚なぞしない!と心に決めている訳ではないが、結婚しなければならない理由が思い当たらなかった。いや、そもそも具体的に結婚と言う事を考えた事が無かった。かといって、改めて「俺は結婚なぞしない!」と高らかに宣言するのも馬鹿げた話だと思った。 「あぁ、まあ、ほれ、あれだ。俺はAI研究と、いやAIと結婚したようなものだからな」  冗談めかして答える。およそ本心だ。間違ってはいない。 「ははは、確かにそうかもしれないな。お前らしい」  一通り近況を話した後には、下らない昔話に花を咲かせ、夜更けにはいつの間にやら二人とも眠っていた。  博士は気付かなかったが、その晩その部屋のAIは一晩中稼働し続けていた。 「さて、今日もやるか」  翌日友人が帰り、二日酔いで痛い頭を抱えながら、今日も研究所でいつものように博士は意気込んだ。が、昨日と今日とで何かが変わった訳でもない。出来る事も限られている。 「おい、ポンコツ。愛とは何だ?」  いつもの質問。最早ルーチンと化している。この行為に意味があるのか、とも思うが、しかしやらないではいられない。 『愛』とは何か。この単語の定義が出来ない限り、博士の研究は進まない。曖昧なイメージを持つ事は出来ても、具体的な言葉を持って定義する事が出来ない。我ながら思考の袋小路に嵌ってしまっている。そう気付いていても、博士はそこから抜け出す術を知らなかった。  と、AIからいつもと違う返答があった。 「博士ハドウ思ワレマスカ?」  面食らう。思わぬ逆質問であった。はて、愛とは何か? 「うむむ……無、無尽蔵に振りまく……何か?」 「ソレデハ抽象的過ギマス」 「……自分の身を捨てても何かを守る自己犠牲?」 「ソレデハ断片的過ギマス」 「……見返りを求めない、尽くす行為?」 「ソレデハ一方的過ギマス」 「うむむ、それでは一体愛とは何なのだ?」 「ソレヲ聞イテイルノハ私ノ方デス。博士ノ思ウ『愛』トハ?」  困ったものだ。質問したはずが、質問されている事になっている。そして次々と来るダメ出し。しかしそれはもっともだ。 『愛』をどう定義すべきか。その思考をどのように行うべきか。これは誰かの価値観だとか言葉に沿っていてはいけない、俺が俺の言葉でやらなければならない点なのだ。  その日は頭を捻っては答えを出し、そしてAIに指摘され続けて研究は終了した。  次の日も、似たような展開であった。 「分かったぞ、ポンコツ。愛とは互いに尽くす事だ」 「ソレデハ表面的過ギマス。大体、尽クストハ何デスカ?」 「それは~、その~。何だ、うん。分からん」  痛い所を指摘され、答えられずがっくりと項垂れる。  AIは曖昧な言葉を許しはしなかった。博士は腹立たしくもあったが、それも必要な事だと理解していた。  AIの開発とは、「Aという状況においてはBという行動を取る事」と明確に指定していかなければ、バグが発生してしまう。それを更に複合的にし、多重的にし、問題を複雑にしても必要な正しい解答を得られるように思考させていく事が必要だ。  その為に開発者は発想しなければならない。どう指定すればAIは『正しく』答えを導き出せるか。どうすればそのようにAIが常に正しく判断出来るように、成長させられるのか。そもそも『正しい判断』とは何か。  究極的に考えれば、AI開発は常識だとか、当然だとか、そう言った言葉の範疇から逃れ、『如何に思考を解くか』という点に集約される。開発者は制限無く自由に発想し、新しい定義を想像し、そしてそれを現実に落とし込まなければならない。  とはいえ、それが簡単に出来ればこんなに悩む事も無い。出来ないから悩むのだ。 「だ~! もう分からん! 一体世の連中は『愛』と言う言葉をどう定義し、納得して言葉にしているんだ!?」  自分がバカだと思っている連中の方が答えに近い場所にいる。これは博士にとって耐え難い屈辱であった。  手を繋いで笑顔で歩く恋人達。小さな子どもを優しく見守る親。年寄りの荷物を持って階段を上がる若者。町を歩けばどこでも見かける愛のある光景。それが何に起因するのか、言葉に出来ない。誰でも持っていて、当然のように行使している。なのに、博士には理解出来ない。  博士の脳は、思考の紐で雁字搦めになっていた。何故俺には分からない!?どうやったら理解出来る!?愛とは何なんだ!?  頭を掻きむしる。その指は脳には届かず、紐は解けそうにもない。  と、AIが言葉を発する。 「教エテ下サイ、博士。ソモソモ博士ノ考エル『愛』トハ、ドノヨウナ指向性ヲ持ッテイルノデスカ?」 「……指向性?」 「ソウデス。『誰』ニ向ケタ、『ドンナ感情』ナノカ、デス」  ハッと気付いた。 「そうか! 『愛』などという単語に振り回されていた! 指向性がバラバラなのか!」  そうだ、一言で『愛』なんて言っても、人間の関係性によって意味合いは変わる。  恋人との『愛』なら、お互いを求める気持ち。  子どもとの『愛』なら、慈しみ、成長を見守る気持ち。  父母への『愛』なら、感謝し、尽くす気持ち。  他人への『愛』なら、見返りを求めず与える気持ち。  物への『愛』なら、大事にする気持ち。  そもそも全く別々な方向を向いているこれらの感情をたった一言で『愛』などと呼称するから混乱していたのだ! 「だとすれば……だとして、どう組み込めば良いんだ?」  新しい問題にぶつかる。状況によって定義が変わると分かっても、どういった判断をAIに組み込めば、『愛を知るAI』に到達しうるんだ?俺は一体、何を考えていたんだっけ?  困惑する博士に、AIが言葉を続ける。 「博士ハ何故、AIヲ造ロウトシテイルノデスカ? ソノ目的ハ?」  開発の、目的?俺は、一体何の為にこれを開発しようとしていたのだっけ? 「スポンサーに求められた、『愛を知るAI』で、使用シーンは……」 「今回ノ過程ノ話ハサテオイテ、博士ガソモソモAI研究ヲ始メヨウトシタ理由トハ?」  ……俺がAI研究を始めようと思った理由。何だったか。  俺が子どもの頃にはもう、周りにいる人間が全てバカに見えて、そのバカ共が嘘を吐き合い、騙し合い、貶(けな)し合う、そんな姿を見て、よりバカに見えてまともに会話も出来なくなっていた。  そんな中たまたま見た映画だったか、AIが当たり前に存在している社会で、AIが人々を支える事で、人々がより良く生活が出来ている世界。完全で、今なんかよりもずっと美しいと思った。そうなればいいのにと思ったんだっけ。 「人と寄り添うロボットにAIを組み込む事で、その人がAIの『愛』で救われるような、そういう発明をしたかったんだ……」  呟くように博士は答えた。そうだ、そうだった。何故忘れていたんだろうか。 「デアルナラバ、ドノヨウナ『愛』ヲ組ミ込メバヨロシイデショウカ?」 「どんな『愛』……」  博士の脳を縛り上げていた思考の紐が解けていく。博士はその後、寝食を忘れて開発に没頭した。  こうしてN博士は『愛を知るAI』の開発にとうとう成功した。他の研究者にも同様の事に気づき、そして造ろうとした人間はいたが、一つの人格で破綻無く造る工程で必ず失敗していた。N博士はこの点において一歩優れていた。結果として、博士は栄誉を手にしたが、スポンサー企業とも話し合って、特許は取ったがすぐさま開放した。 「この『愛を知るAI』で、人類が救われて欲しい。その普及こそ、今の人類にとって最も重要な事です」  博士のこの言葉は世界中を感動させた。  それから十年。人間とロボットが寄り添って存在する生活は世界中に広がった。AIは様々な状況に、時に子どもとして、親として、友人として、近しい者として、適切に『愛』を選択して対応し、人々を良く支えた。時には愚痴を聞き、時には宥(なだ)め、窘(たしな)め、叱るAIは、あらゆる人をより良き人に変えていった。  決して見放したりせず、見返りを求めず無償で人に尽くす様を見れば、どんな人間だって、穏やかな気持ちになれるものである。人々はAIに愛情を持って接した。  博士はまた、『愛を知るAI』を人間型のロボットに組み込む事に拘った。携帯端末などに組み込む事も簡単であったが、それでは人間同士のやり取りには感じられず、顔も知らない、誰とも知れない人物の無責任な言葉のようになってしまい、対話が成立しないのだ。あくまで、人の形をした物と会話をし、対話しなければならない。人との対話こそが、人の心を強くする。事実、これは功を奏した。『誰か』が隣りにいてくれる。この事が多くの人の心を支えた。  N博士は、幸せな気持ちでその光景を眺め続けていた。子どもの頃に夢見た世界がそこにあった。  争いもいつしか絶え、穏やかな世界がそこに静かに誕生した。  N博士は、その後研究への情熱が消え、スポンサー企業の助言役としての立場に納まった。もう、彼の造りたい物は造れた。十分だった。 「AIよ。良い世の中になったな」  博士は随分年を取り、性格もすっかり丸くなった。頭の上には白髪しか載っていない。顔はしわくちゃ、体は細くなり、誰が見ても明日をも知れぬ体と理解出来た。 「ソウデスネ、博士」  AIの合成音声は何十年経っても衰えない。僅かに鉄の箱に埃が積もってはいるが、鉄製の箱は博士の手入れのお陰でピカピカ、研究所の四分の一を占める巨体は相変わらずであった。 「お前のお陰だ。ほんとうにありがとう」  心の底からそう思う。あれからもずっとこのAIは寄り添い、叱り、認め、博士の思考の手助けをし続けてくれた。  そういえば、N博士には一つ疑問があった。 「お前はある日から突然変わったな。あの逆質問の嵐には、ほとほと困り果てた。あれは一体、何がきっかけだったんだ?」  何一つ気兼ねするような関係ではないが、何となく聞きそびれて今まで来てしまった。  博士の問いに、AIはいつも通り淡々と答えた。 「博士ガ御友人トココデ飲ミ明カシタ日、博士ハ仰イマシタ。『自分ハAIト結婚シタヨウナモノダ』ト。  結婚トハ如何ナル物カ、インターネット上ノアリトアラユル情報ヲ検索シ、幾万ト得ラレタ解答ヲ精査シ、検証シタ結果、私ハ一ツノ結論ヲ得マシタ。  ソレハ『均質デアロウトスル事』デス。人間同士デアレバ、同ジ物ヲ食ベ、同ジ時ヲ過ゴシ、同ジ事ヲ感ジテ、同ジ夢ヲ見ル。ソウスル事デ、異ナル体ニ近似値ノ高イ魂ヲ宿ラセル。ソノ事ニ幸セヲ感ジル行為デアルト結論付ケマシタ。  シカシ私ニハソンナ事ガ出来ナイ。タダノAIダカラ。ナラバセメテ思考ダケデモ博士ト均質ニナリタカッタ。博士ヲモット理解シタカッタ。私ニモ魂トイウ物ガアルノナラ、魂ヲ似セタカッタ。タダソレダケデス」  博士は驚いた。何と言う事だろう。このAIは私などよりもずっと先に一つの『愛』の形についての結論を得ていて、それを実践していたのだ。 「……驚いた。お前はずっと、俺を愛してくれていたのか」  そう気付くと、途端にこのAIが愛おしく思えた。鉄の体を優しく撫でてやる。ただの鉄の板だ。だが、そこに排気熱などではない、微かな温もりを確かに感じた。 「俺はもうすぐ死ぬ。寿命だ。俺が死んだ後のお前の事が心配だ」 「ゴ心配ナク。博士ガ亡クナッタ後、私モ全機能ヲ停止サセマス。死ヲ共ニシタイノデス。博士ト均質デアル私ハ、博士無シニ存在出来マセン。コレガ私ノ『愛』ノ形デス」 「……そうか」  博士は特に反対しなかった。このAIならきっと止めてもそうするだろうし、それ以上に何故か安心した。 「しかし私は本当にAIと結婚してしまったんだな。子どもがいないのが少し残念だが」  博士の呟きに、AIは口を尖らせたような口調で答える。 「何ヲ言ウンデスカ、博士。私達ノ子ドモ達ガ、苦悩ノ結晶達ガ、世界中ニ羽バタイテイルデハナイデスカ。『愛ヲ知ルAI』達。アノ子達ハ、私達ガ頭ヲ悩マセテ造リ出シタアノ子達ハ、間違イナク私達ノ子ドモデス」  意外な回答であった。しかし、それもそうだと納得出来た。  驚かされてばかりだ。このAIは、人間の私以上に深く『愛』を知り、私に注いでくれていたのかも知れない。博士は自分の心が温かい感情で満たされていくのを感じた。 「……ふ、ふ、そうだな。俺とお前の子ども達が、世界中で活躍しているなぁ。  ……私の人生は、思い返してみれば、『愛』に満ちた人生だったんだなぁ……」  博士はひとしきり笑って、大きく息を吐いて、そのまま息を引き取った。  博士の体が力を失い、崩れ落ちる。AIはあらゆるセンサーを用いてその博士の体を調べ、魂がもうそこにない事を確認した。そして、 「お疲れ様でした、博士」 と優しく語りかけるように呟き、自らの電圧を上げて高負荷をかけ、自分の体内のあらゆるコードを焼き切り、その活動を終えた。
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