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それから2週間後の日曜日、晴れて私達3人は、私と和美がいつもお茶をしている例の喫茶店で会う運びとなった。
私の対面に、テーブルを挟んで和美が鎮座していた。彼女は私とふたりきりのときには見せたことのないような、妙に真剣な表情をしていた。それは怒っているとも捉えられるほどの形相であった。
待ち合わせの時間から5分遅れで昇が喫茶店にやって来た。私は手を振って自分達の存在を、入り口にいる彼に伝えた。
「ごめん、待った?」
彼は私の隣に座った。それを見届けた私はすぐに話を切り出した。
「昇、こちらがいつも話してた友達の相田和美さんよ」
「はじめまして、ぼく灰谷昇っていいます。よろしく」
和美とは違って、昇のほうはいつも通りの爽やかな彼だった。
「厳密に言うと初めてではないですけどね。私、何度も図書館にいらっしゃっているあなたをお見かけしてましたので……」
和美は抑揚のない冷たい口調でそう言うと、目の前にあるコーヒーが入ったカップを手に取り、一口飲んだ。
「ちょっと、和美」
私は彼に対する非礼と、いつもと違う態度をたしなめるように、小声で彼女に声をかけた。
「『このコーヒーが冷める前にあなたが来てくだされば、私はあなたの想いに応えるつもりでおりました。これもきっと運命だったのでございましょう。私は去ります。あなたのいない場所へ。そして私のいない場所へ』」
和美は一見すると意味不明な言葉を突然唱えだした。しかし私にはすぐに分かった。それは学生時代に何度も読み返した、私が好きな垣内美亜の作品のラストで、ヒロインが主人公に向けて書いた手紙の内容だった。
「あ、あの……今の何ですか?」
昇は和美の突然の行動に困惑し、私と彼女を交互に見やって、その答えを求めていた。
彼は以前に垣内美亜の作品が好きだと言っていた。和美が述べたのは、この一節を知らずして彼女を知っているとはいえないというほどの文言なのだ。もしかして昇は、本当は彼女のことを知らないのだろうか。私の胸はざわついた。
「申し遅れました。私、真理の友人の相田和美と申します」
和美は戸惑う昇を咎めるように、大きめの声で言った。どうやら彼は、普通にしゃべった和美に安心したらしく、落ち着いて会話を始めた。
「ええ、知ってます。真理からたくさんあなたの話を聞いていましたので。真理とあなたって本当に仲がいいんですね」
「さっそくですが、あなた一体どういうお仕事をなさっているんですか?」
和美は昇の話など聞こえていないかのように、自分のペースで話を進める。私は段々、彼女の自分勝手な態度に苛立ち始めていた。
「和美、失礼じゃない。会っていきなりそんなこと聞くなんて……」
すると隣にいた昇が、私の言葉を手でさえぎった。
「サラリーマンしてます。鈴木商事っていう小さな会社ですけどね」
「では将来的には真理と結婚する気はおありなんですか?」
「え……?」
突然の踏み込んだ質問に、彼は困惑していた。
「その様子じゃ、そのつもりはないみたいですね。どうせ生半可な気持ちで付き合ってるんでしょ。はっきり言って迷惑なのよ、そういうの」
和美は不機嫌な態度を隠すそぶりも見せず、昇を糾弾した。
私はここで堪忍袋の緒が切れた。初めて会ったばかりの人間が、恋人の私でも聞かないようなふたりのデリケートな問題にここまで土足で踏み込んでくるなど、いくら親友でも許せなかった。
「いい加減にしてよ! 何なの、さっきから尋問みたいに……。今日の和美おかしいよ。どうかしてる!」
私が怒ってそう言うと、和美は今度は明らかに怒ったような表情のまま黙り込んでしまった。
「行こう、昇」
私は店を出ようと席を立ち、昇を促した。彼は戸惑いながらも、返事をして同じように席を立った。
去り際にもう一度和美の顔を見てみると、彼女は今にも泣き出しそうに目を真っ赤にしていた。
今日はこれ以上彼女と話しをするべきではないと判断した私は、そのまま昇と喫茶店を後にしたのだった。
外に出た後昇から、和美が突然言い出したセリフの意味について聞かれたが、なぜか答えられず、「私も知らない」と答えてしまうのだった。
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