運命の結末

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 その日の夜、私達はレストランで夕食をとっていた。それでもなお彼は、いつもの明るさを取り戻してはいなかった。 「ねえ昇、話して。私でも力になれることがあるかもしれないから」 「いいんだ。大丈夫だから」  うつむいたままそう言う彼の表情は、ちっとも大丈夫そうではなかった。 「いいから話して。話すだけでも楽になれるかもしれないでしょ」  私の声に、彼はちょっと間、困惑した表情で私の顔を見つめていた。私は彼の決意を後押ししようと、一度だけ小さくうなずいた。すると彼は意を決したように、そっと持っていたナイフとフォークを皿に置いた。 「実は、両親が知り合いの借金の連帯保証人になっててさ。その人が失踪しちゃったせいで、代わりに両親がその借金を肩代わりしなくちゃいけなくなったんだ」  彼は悲痛の表情で言葉を続けた。 「それで、両親に支払い能力がないって分かった借金取りが、息子のぼくにも電話をかけてきて、代わりに親の借金を払えって電話で迫ってきてて……」  彼は今にも泣き出しそうな震え声で、言葉を詰まらせながらそう言った。  私は彼のこんな弱い部分を見るのは初めてだった。私は不謹慎にも、そんな彼をたまらなく愛おしく感じた。何とかして私の手で守ってあげたいと思った。 「その借金っていくらなの?」 「えっ?」  私の質問に、彼は驚いたように顔を上げた。 「いいよ、そんなの。きみが知ることじゃないよ」 「いいから言って!」  私の剣幕に押され、彼はふたたび視線を目の前のテーブルに落とすと、ぼそっとつぶやいた。 「300万……」  その金額であれば、貯金と、所持している貴重な本を売ればギリギリ賄えるものだった。私は即決した。 「そのお金、私が貸してあげる」  私の唐突な発言に、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。  私はこのお金を使って彼に対する思いを明確にしたかった。和美の言っていたことは間違いだったと証明したかった。私にとってこのお金は、彼の信用に賭けるチップのようなものだったのかもしれない。 「い、いいよ、そんなの。悪いよ!」  彼は焦りの色を見せ、大きくかぶりを振った。 「いいから。でも貸すだけだからね。絶対に返してもらうからね。忘れないでよ」  私はあえておどけたような軽い口調でそう言った。すると彼の瞳から、溜まっていた涙がどっとあふれ出した。  彼は席を立ち、私の前にやってきてひざまずいた。そして私の両手を両手で持ったまま、人目をはばからず私の膝に顔を埋め、泣いた。その際、涙声で何度も何度も「ありがとう」と繰り返していた。私は子をなだめる母のように穏やかな笑顔を浮かべ、涙する彼の頭をいつまでも優しくなで続けたのだった。
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