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それからというもの、私はあの思い出の図書館に通い続けた。和美が休日でいない日も構わず通い続けた。そして通い続けて5日目のことだった。
書棚に挟まれた廊下で、ついにあの人の後姿を発見したのだ。服装は違ったが、あの黒髪のさらさらヘアーと骨格は間違いなく彼だった。彼と私との距離は10メートルほどはあった。
舞い上がってしまった私は、ここが図書館だということも忘れ、思わず大きな声で彼を呼び止めてしまった。
「あの……!」
背後からの私の声に気付いた彼は、後ろを振り返った。その瞬間の少し気が抜けたような愛らしい表情は、私の脳内で数回にわたってリフレインして映し出された。
すると彼は、私が誰であるかに気付いてくれたらしく、出会ったときに魅せたキラースマイルをまた私に見せてくれた。今度は私も忘れずに、彼に気に入ってもらえるような、自信のある笑顔を浮かべた。
そしてどちらからともなく、相手のほうへ歩み寄って行った。
「この前はどうも」
先に彼のほうから話しかけてくれた。
「いえ、こちらこそ、本を譲っていただいたのに何のお礼もしないで……」
私は胸の鼓動の高鳴りを悟られないように努めながら言った。
「そんなこと気にしなくていいのに」
私は溢れ出そうになる思いを必死で押さえ込み、まずは当初の目的を達成しようと思った。
「あの、もしよろしかったらお名前を……」
私が続きを言いかけたとき、突然彼は自分の人差し指を立て、それを私の唇に優しく押し当てた。私はその感触に全ての神経が集中してしまい、言葉を発する方法を忘れてしまった。
「これ以上はほかの人の迷惑になりますから……」
彼は私の耳元でそうつぶやいた。甘いカクテルのような美声が、私の意識を急速に酔わせていく。
「よかったら外で話しませんか?」
まさか彼のほうからそんなことを言ってくれるとは思ってもみなかった。私は二つ返事でその誘いを承諾したのだった。
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