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プロローグ
街角に咲く桜の美しさに思わず目を奪われてしまう4月上旬。私は待ち合わせをしていた喫茶店に、約束の時間から数分遅れで入ると、店内を見回して和美を捜した。
「真理、こっちこっち」
和美は窓際の一番奥の席から手を振って合図を送った。私は小走りで彼女のもとへ向かう。
「ごめん、待った」
「ううん、全然」
私は和美の対面に腰を下ろすと、程なくしてやって来た店員にコーヒーを注文した。
私と和美は中学の同級生だ。互いにアラサーとなった現在でもこうして暇があれば、学生当時から通っているこの店で、たまに会ってお茶をしている。
私達が気軽にこういうことができるようになったのはごく最近の話だ。
というのも、私は高校を卒業後、地元を離れ、東京の大学を卒業した後、そのまま東京で仕事をしていた。しかしそこで男に騙され、お金を奪われた挙句、見るも無残に捨てられてしまったのだ。ひとりで東京にいるのが辛くなった私は、失意の中実家へ戻ったのだった。
その頃の私は仕事もできず、引きこもり同然の生活をしていた。そんな私を精神的に支えてくれたのが、今目の前にいる『相田和美』だった。
高校を卒業後、そのまま地元に残っていた和美は、そんな私に根気よく付き合ってくれた。どんなに私が感情的に拒絶しても、見捨てないでいてくれたのだ。私が社会復帰できるまでに回復できたのは間違いなく彼女のお陰だ。
私達が集まって話す内容といえば本当に他愛のないことばかりだ。互いの近況報告から始まり、職場の愚痴のこぼし合い、そして共通の趣味である本の話題などなど。ただひとつだけ、なぜかふたりではあまり盛り上がらない、女子会ではお決まりのトークテーマがあった。
「そういえばこの前の合コン、どうだった?」
「成果なし」
私はさも絶望したかのような口調でそう言って、テーブルに突っ伏した。その様子を見て和美はプッと噴出した。
「人のこと笑ってばっかいないで、あんたもたまには合コンとかしたら? そろそろ彼氏のひとりでも作らないと、いくらあんたの美貌でも婚期を逃しかねないわよ」
「だから別にそういうの興味ないってば」
私の提案に対し、和美はそっけない態度で、自身が注文したコーヒーをすすった。
このように恋愛や男の話は、私が一方的に話すことがほとんどだった。というのも和美は男に対して相当奥手らしく、知り合ってから今まで一度も、いわゆる『浮いた話』を聞いたことがなかった。
和美は見た目にはまったく問題はなく、むしろ誰が見ても美人と言われる部類の顔だ。もちろんプロポーションも抜群。
こんな和美に男が寄ってこないわけがない。彼女のほうがそれを突っぱねているのだ。私は何度も口をすっぱくして、とりあえずよさそうだと思った人と一度付き合ってみろと言っているのだが、当の本人は興味がないの一点張りだった。
もしかしたら、男に対して何らかのトラウマでもあるのかと思い、それとなく聞いてみたことがあるのだが、笑いながらそんなものはないと言われた。
私に彼女ほどの美貌があれば、間違いなく金持ちのイケメンをゲットするというのに、実にもったいない話だと常々思っていた。
「あ、そうそう。私の新しい就職先、決まったよ」
和美は前の職場を辞め、転職活動中だった。
「へえ、どこどこ?」
「図書館」
「図書館って……私達がいつも行ってた?」
「そ。たまたま採用試験やってるの見つけてさ、受けてみたら受かっちゃった。といってもただのパートだけどね」
学生時代、文学少女だった私達は放課後になると、よくこの喫茶店の近所にある図書館に入り浸っていた。ときには閉館時間になるまで本を読みふけり、ときには外にあるベンチで作家談義に花を咲かせる。言わばそこは、私達の青春を象徴するような場所だった。
「ねえ、久し振りにあの図書館来てみない? それで私の仕事が終わったらふたりでそのまま飲みに行こうよ」
頭の中に、楽しかったあの頃の記憶が蘇ってきた。もう一度、青春を過ごしたあの場所へ帰ってみたいという衝動がふつふつ沸きあがる。私は迷うことなくその誘いを承諾したのだった。
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