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ゆっくりと起き上がった妻は、なだめるように青年の近くに歩み寄る。
衣を口にあてた立ち姿は、地獄に映える妖艶を放っていた。
青年は、刀の鞘で近くの柱を殴った。
脆くなった木材はいとも簡単に砕け、将棋倒しのように天井が崩れ落ちる。
青年は咄嗟に妻をかばった。
先ほどの伝令は天井の下敷きとなり、まもなく息絶えた。
青年は妻に覆いかぶさるように四つん這いの体勢で、背中は熱を持った天井の破片を受け止めていた。
妻は青年の目から視線を逸らすと、青年の腕の間をすり抜け、ゆらりと立ち上がる。
「綺麗な月」
天井が崩れたおかげで露わになった夜空を見上げながら、妻は呟いた。
周囲に変人がられる青年にとっても、妻は日頃から何を考えているか分からない奇妙な存在だった。綺麗だと形容した月も、晴れ晴れとした満月ではなく、雲の隙間で見え隠れしているものである。
妻のそこが魅力的でもあったのだが、絶望の淵に立つ青年の目に映る後ろ姿は、死を覚悟し、僅かだった人生を惜しんでいるようだった。
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