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 妻は、崩れた木材の中に紛れていた南蛮由来の傘を拾うと、青年に突きつけた。 「魔王は、人に涙を見せないものよ」  勢いを増す炎。  人の叫び声、何かが崩れ落ちる音は絶え間なく、遠くの方から聞こえてくる。青年と妻の近くでは、数名の兵士がどうすることもできずに行ったり来たりしている。  青年は傘を広げ、顔を隠すそうにさした。  半分の西瓜をくり抜いたような傘。  嗚咽(おえつ)が漏れないように、青年は息を殺して泣く。  これが最後の涙だ。涙を絞り切ったあとは、真の魔王になるのだと、強く念じながら。 「天も、あなたの味方なのね」  妻の声がした。青年は顔を上げた。  満月は、分厚い雲に覆われて見えなくなっていた。  雨だった。  単なる時雨(しぐれ)ではない。  ざあざあと(うな)る雨音。  あれほどまでに燃え盛っていた炎が、みるみるうちに弱まっていくほどの豪雨だった。
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