0人が本棚に入れています
本棚に追加
妻は、崩れた木材の中に紛れていた南蛮由来の傘を拾うと、青年に突きつけた。
「魔王は、人に涙を見せないものよ」
勢いを増す炎。
人の叫び声、何かが崩れ落ちる音は絶え間なく、遠くの方から聞こえてくる。青年と妻の近くでは、数名の兵士がどうすることもできずに行ったり来たりしている。
青年は傘を広げ、顔を隠すそうにさした。
半分の西瓜をくり抜いたような傘。
嗚咽が漏れないように、青年は息を殺して泣く。
これが最後の涙だ。涙を絞り切ったあとは、真の魔王になるのだと、強く念じながら。
「天も、あなたの味方なのね」
妻の声がした。青年は顔を上げた。
満月は、分厚い雲に覆われて見えなくなっていた。
雨だった。
単なる時雨ではない。
ざあざあと唸る雨音。
あれほどまでに燃え盛っていた炎が、みるみるうちに弱まっていくほどの豪雨だった。
最初のコメントを投稿しよう!