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最後の釣り
琵琶湖の水面を滑っていく勘解由小路の姿があった。狐池さんの力の発揮が見えた。黄河の時と同じだった。
「いくぞ正男!今日の俺はペンシルの気分だ。オリザラでシャローフラットを斬獲だ」
水面直上を微かに浮いてホバー移動する勘解由小路に、混元傘の柄に掴まった鬼哭啾々は、おっかなびっくり竿を握っていた。
「無茶苦茶な野郎だ!危ねえ!ひっくり返ったら末代まで呪ってやるからな!」
「混元傘を上手く使え!そらキャストだ!よし!釣れたぞ正男!ベイトを追ってるのを捉えた!そっちに行くぞ!お前の得意なジャークベイトの出番だ!ロングAを打ち込め!俺はもうちょいしたらレッドフィンに替える!コーデルの名品だ!レッドアンドホワイトのツーフッカーになってて、リアフックが茶杓の先みたいなブレードに替えてある。クラップシューターの尻についてた奴だ!ジャークするとフラップがピッと唾を吐く!さながらチャガーの如く!」
混元傘による水面移動を持て余しながら、鬼哭は妙な焦燥感に駆られていた。
何を浮かれているんだ?らしくないぞお前。
無理矢理はしゃいでいる様に思えてならなかった。
「三田村さん替えてくれ。よし行くぞレッドフィン!自在に泳いで唾を吐け!よし!出たぞ!デカイのが!デカイの出たぞ正男!記念写真だ!カメラ用意しろ!」
無駄にはしゃぎまくる勘解由小路を、鬼哭は不可解な目で見つめていた。
小学校時代にも、こんな勘解由小路はいなかった。
小休止で岸に上がった。
「これだよ。岸際に座ってるから死体かと思ったぞ。それ、嫁さんのぬいぐるみだろう?」
用意されたリクライニングチェアに座った勘解由小路は、膝の上に嫁のぬいぐるみを乗せてイチャイチャしていたのだった。
「人間工学の粋を結集して作ったおっぱい真琴さん1号だ。あー。プルップルのおっぱい、プリプリの唇、チューしちゃうぞ真琴。チュー」
ただのラブドールだろうが。
不意に、真面目な顔をして勘解由小路は言った。
「なあ、正男。俺に何かあったら莉里をよろしく頼むぞ。お前しか頼れんのだ」
酷く面食らって鬼哭は言った。
「お前がか?何があるんだ?お前に一番似合わんぞ」
「お前になら話そう。実はな」
勘解由小路の言葉に、鬼哭は言葉を完全に失った。
「おいーー。お前」
「そんな訳で、頼むな?」
そう言い残し、去っていった勘解由小路の背中は、薄く消えかかっている様に見えた。
じっとしていられず、鬼哭啾々、いや、銀正男は立ち上がって動き出した。混元傘を思わず握りしめていた。
勘解由小路が生きて正男と会ったのは、これが最後だった。
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