虐待親父を超えて

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虐待親父を超えて

豪風を纏い、静也の父親はゆっくり歩いてきた。 静也は、かつての過去に囚われ、ただ怯えていた。 不意に、ムクが父親に襲いかかったが、分厚い空気の壁に阻まれ、その体は蹴り飛ばされて転がった。 「うざってえんだよ!獣が!腹わた吐いて今度こそ死ねやあああああ!ああ!ああ!あああああああああ!」 「止めろ!ムクはおーー僕の友達なんだ!」 ムクを何度も蹴りつけて、父親は静也に目を向けた。 「ああそうかい。お前も俺に蹴られたいんだな翔平」 「違う!僕は!風間静也だ!」 蹴りが飛んできた。躱すのは容易いはずが、全く避けきれずにもろに食らって跪いた。 当時の静也は訓練すら受けていなかった。静也は、その頃の自分に完全に戻っていた。被虐待の呪縛はどこまでも強く静也の肉体を縛っていた。 「ああ?!お前は俺のガキだろうが!お前の母親がよー!お前が出来たから!だから仕方なく!俺だって!お前なんか!要らなかったんだ!ああそうだろうが!翔平!」 「だから、違ーーぐう!」 「てめえは栗林翔平だろうがあああああああ!」 父親はやたらめったら静也の頭を蹴りまくった。 ああ。そうか。結局やっぱり俺は、ここで。 ムクと一緒に、死ぬのか。 頭に当たり、クラクラとした視界に、それはぼんやりと見えた。 紀子?初めて会った時の。 「あー、死ぬところだった。それにしても、情けないわね。静也起立!あんたの父親は光忠に殺されてる!こんなのただの雑霊じゃない!吹けば飛ぶような雑魚でしょうが!」 「ああ?何だこのガキは?お前もついでに殺してやるよ。ションベン漏らして死ね!」 「え?私がちっちゃいって?しょうがないのよ自分で作った陰態に逃げ込んだのはいいけど、私の霊体がこんなになっちゃってるし。まあいいか、木剋土」 緑の木気が父親の顔に炸裂した。 「ぎゃあああ!クソがああ!芭蕉扇で吹っ飛べガキがあああああああああああ!!」 腹立ち紛れに扇を振った。風速100メートル近い烈風が、小児と化した紀子を襲った。 え? まともに吹き飛ばされた紀子は、壁に当たって卵のように砕ける直前、力強い胸に抱かれた。 「翔平よお。父親に逆らうんか?お前よー。そんなにすぐ死にたいのか?じっくりたっぷり殴り殺そうと思ったのによー」 「僕はーー俺は!紀子の式神だ!何があっても!紀子を守るんだ!だって!俺にとって紀子は!紀子は!紀子は俺の!俺だけの女だ!」 静也に抱き抱えられて、紀子は息を飲んだ。初めて、初めての告白に等しかった。 「だから!だから!来い!ムク!一緒にやるぞ!あの時のリベンジだ!俺はもう子供じゃない!紀子だって抱ける歳になった!」 ムクは静也に飛び込み、静也は牙を剥いていた。 「紀子。一緒に行こう。お前がいれば、俺は」 「うん。解った。一緒に行こう。あいつ自身は取るに足りない雑魚霊だけど、持ってる芭蕉扇は本物よ。あの風に立ち向かうには力じゃない。あんた自身が変わらないと。静也。風になっちゃって」 紀子は晴明の言葉を、その背後に勘解由小路の言葉を合わせて思い起こしていた。 紀子は陰陽師で、呪詛師ではなかった。 紀子は赤魔道士で、強力な霊撃力を持つ黒魔道士でも、傷をたちどころに癒す白魔道士でもない。 そう。私は陰陽師。つまるところ霊力を持った何でも屋。様々なメディアで陰陽師を描こうとして失敗したのは、結局絵にならないから。私は空海でも道鏡でもない。ただの卜筮屋(ぼくぜいや)。今の私に出来ることは。 霊力に同化する。風になった静也を纏って風に立ち向かう。全ては、この世界に満ちている霊気なんだから。 「紀子の霊気を強く感じる。どうすればいいのか伝わった。俺はいける!確実に!お前の期待に応えてみせる!あいつは俺の父親だが、今はただの敵だ!」 「私に全てを委ねるのよ。息子が父親を超える時がきたのよ。親を殺し師を殺し仏を殺す。その先に悟りがあるんだって」 「ゴチャゴチャうるせえええええ!吹っ飛んで壁にへばりつけやガキ共がよおおおおおお!おらあああああああああ!」 芭蕉扇が吹き散らした風は、全てを巻き込み吹き荒れていった。それは、紀子を抱えた静也も飲み込んでいった。 風は吹き荒れ、やがて、静寂が現れた。 生きる者がいなくなった空間で、静也の父親はヘラヘラ笑っていた。 笑い声に紛れて、息を吐いた音が聞こえた。 慌てて見上げると。そこには、天女のような衣を纏った紀子が浮いていた。 「全ては霊気なのよ。霊力が生み出すものは。だったら簡単だった。少しは近づけたかしら?安倍晴明に」 風は風。全てを霊気に。その先に、今の紀子はあった。 紀子の目の前では、ただの冴えないおっさんが、うちわを振り回しただけだった。 「おい。おいおいおい。おい!ぶっ殺したはずだ!何なんだお前は?!」 「あー。何って言われても。今は、そうね、風神シナツヒメってとこかしらね?今の私は風と完全に同化してる。風で風は殺せないのよ。おじさん。ああそうだ。私の中にいる静也は言ってるのよ。その言葉を伝える。次はこっちの番だ。無抵抗に滅べ。虐待親父。死ぬほど殴ってやる」 ポキポキと、指を鳴らして紀子は言った。
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