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動き出す最強の男
私立狐魂堂学園は年度が変わり、三年生には修学旅行前に浮ついた空気があった。
通常の高校では三年生のゴールデンウィーク後は大学受験で旅行どころではないが、狐魂堂学園の生徒は資産家の子弟故に既に大方の進路は決まっていて、修学旅行は長閑な卒業旅行に等しかった。
旅行先は京都というのも前から決まっていた。資産家庭にとって国内旅行はかえって新鮮というのもあった。
田所紀子は、静也を連れていつものように恩師の寝室の戸を叩いた。
「どうしたお前等?妊娠したのか?温羅達みたいに」
ベッドの上は夫婦の愛が満ち満ちていた。
何しろどちらも全裸だったのだから。
隠す気配すらないとは。どこまで王族気取りだ。
私だって一応皇族なんだけど。
「いいのよ別に温羅は。いざって時用の男だし。会社の社長なんだし。葦原美鈴が妊娠してもおかしくはないわ。テレビは騒いでるけどね。それなら、碧ちゃん凄いじゃない。普通始めて3日目のフィギュアの大会で5回転半のアクセルなんか飛べないって。蓋開けたら莉里ちゃんのお姉ちゃんって話で、物凄い騒いでるじゃない」
「あー。碧はな。片手間でも打ち込めるものが出来てよかった。莉里はまだちっちゃいし、流紫降は真帆坊といい感じで、一番心配してた碧は影山さんという男がいる。もう心残りはない。あとはお前達だけなんだがな」
「っていうか心残りって。この世で一番似合わない言葉じゃない」
あーまあな。勘解由小路は言って転がった。シーツを巻いていたので不快なオス蛇ちゃんは見えなかった。
「それでね。今度旅行でしょう?いい加減顔出しなさいよ。教員不在じゃ締まらなし。年度も変わったし」
「去年の段階で辞めたって鵺春には言ってある。俺は今完全なるニートだ。実を言うと祓魔官ですらない。島原には言ってある。俺は俺の問題を解決させるとな。まあそんな訳で、帰れお前等」
勘解由小路はにべもなく、二人を追い出した。
「ちょっと待て。静也だけ残れ」
「何でしょう?先生」
「もう先生じゃないっつったろうが」
「いえ。貴方は先生です。貴方がいなければ俺は死んでいた。何があっても俺はその恩を忘れない。俺も、このムクも」
静也と風獣ムクは、揃って勘解由小路を見つめていた。
「律儀な奴だ。適当にからかってやろうと思ったが、そうも言っていられんな。なあ静也、涼白さんはお前を特別と思ってるらしい。お前どうする?涼白さんを妊娠させる気はあるのか?」
問われて、静也は考えた。確かに涼白さんは綺麗な子だ。気立てはいいし、ちょっとウブだが、きっといいお母さんになれる。
だが、素直に首肯出来ないのは何故だ?
そんな静也の気持ちを察してか、勘解由小路は言った。
「そうか。一つ言っておく。風獣が仮に犬っぽいとしても、犬っぽさを前面に出すのをやめろ。真に心から思っているなら、人間らしく田所に接してみせろ。それが出来んで何が男だ。童貞時代に生涯の相手を見つけたのは不運であるが幸運でもある。俺の時はどうってことのない相手だった。もう二度と会うこともない。修学旅行中に答えを出せ。夏までに出来なかったらお仕置きだ」
「解りました。必ず」
沈黙の末に、噛みしめるように静也は言った。
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