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アンティークショップ消失
アンティークショップ水晶堂で、来客は踏ん反り返ってコーヒーを飲んでいた。
「人体を入れるな。味で解るぞ流石に。誰の肺だ?お前の敵だった奴だな」
「そう。小宮山良一の乾燥した肺翼。スピリドーノアのフォーマルハウトで解る?降魔君」
「世界の至る所で小耳に挟んだ。そうか。殺っちまったんだな。流石は水晶堂のスターレスだ。奴はお前の大釜に手が届かなかったんだな。ところで、三田村さん用に豆とかないか?」
肩に降りた白鷺を一瞥し、勘解由小路は呑気に言った。
「星無と顔合わせて平然としてんなおっさん」
そう言ったのは星無月子の居候、四月一日始だった。
「どちらかといえば、俺はお前と会った方が驚きだ。前に三日月湖でギャーギャー釣りしてたな。ダイイングフラッターでバス釣ってたな。そもそも一緒にいた猫とヤモリは?お前の食料という訳でもあるまい」
「食べてもいいなら食べちゃうけど」
「やめろスターレス!食料ではないぞこの俺は!」
「食べようとするニャら顔引っ掻くわよ!」
フロリダシャイナーカラーのヤモリと赤毛の長毛猫が牙を剥いた。
スミスウィックかエバンスか。勘解由小路は思った。フロリダシャイナーカラーのルアーを売ってそうなアメリカのルアーメーカーの名前だった。スミスウィックなら一つか二つストックがあった。トゥースピックとウッドチャグ辺りだった。
「今は俺のペットだが、元はれっきとした魔法使いなんだ。保孝、紅葉大人しくしてろ。食わないから。良一すら食ってないんだぞ」
「そこの水槽のパプワンバスか。大釜押さえられるとこうなるんだな。この人間の小僧の大釜奪うと何になるんだ?」
「小さくて可愛い豚さんかしら。何故なら私はお腹が空いているから。それで降魔君、何しに来たの?」
「前回のリプレイだ。俺が作った仮定的存在の城に入ってきたお前なら、もう一つの城がどこにあるか解るだろう。場所を知りたい」
「それは、彼女自身の存在と非存在を確認する必要があるの。逆に問うわ。貴方それを知っている?」
「それだけ解りゃあ十分だ。世話になったな」
立ち上がった勘解由小路に、星無月子は言った。
「本当に、魔法使いになる気はないの?」
「根本的に俺達は違うんだ。存在する律が違う。俺が魔法使いとやらになるのは、目の前に存在するパンケーキを食う為にわざわざ一から土を掘り炉を作り鉄を溶かしフォークを作るようなもんだ。俺は手掴みで食うのが好きだ。愛する女房が作ったパンケーキは最高だぞ?3回に1回失敗するがな。俺なら失敗した奴でも美味しく食えるんだ。食感がゴリッとするからすぐ解る。パンケーキがだぞ?俺にしか絶対食えん」
「真琴さんは元気?」
「ああ。嫁さんは元気であれば元気であるほどいい。たとえ俺に何があっても、あいつがいればーーな」
店を出て行く勘解由小路の背中を見て、四月一日始は言った。
「大丈夫か星無。あのおっさん、多分」
「誰か行かんでいいのか?人間に戻してくれればすぐに行くぞ、この俺は」
「そうね。保孝はお留守番だけど、ええ、彼は理解しているのよ。自分に死が迫っていることを」
星無はそう結んで、入り口に閉店の札をかけた。
「この国に黒い影が覆いつつある。しばらく店を閉めるわ。水晶堂はこの世から消えるわ。きっとバイオレットも今頃感じているはずよ」
勘解由小路が店を出た数十秒後、水晶堂が立っていた敷地には、何もない空いた土地だけが残されていた。
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