2、当たった天気予報

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2、当たった天気予報

できる限りのスピードで自転車を漕いで家に帰る。前籠に入れた5キロのお米が重いけど、10キロにした方がいいかな。二人とも大きくなっている。後ろの子供シートを取ったら10キロが積める。でもまだ迷っていた。 パートを終えて、買い物をして、家に帰るのはだいたい15時。天気予報では『雨は15時頃から』と言っていた。それを信じて洗濯物を全部ベランダに干している。大も雨の前に帰ってきますように。 鍵を開けて中に入る。あんなスピードで自転車に乗ったり、こんな荷物を持って歩くべきではないのかもしれないと反省していた。 下駄箱の横の棚に買い物袋を置こうとして気づいた。傘がある、夫の折り畳み傘。 朝、言ったのに。 忘れられた折り畳み傘と買い物袋を持って、リビングに。 食卓の上に荷物を置いて、そのままベランダに出る。 すべて乾いているみたい。セーフ。 乾いた洗濯物から微かに香るお日様の匂いが好きだ。 取り入れた洗濯物をソファに置いて、買ってきた食材を冷蔵庫にしまった。 玄関からお米を持って来るときに、横抱きにしてみる。5キロ、何ヶ月くらいの重さだっけ。 ピンポンピンポンとインターフォンがけたたましく鳴る。お米を置いて玄関の鍵を開けると、飛び込むように大が入ってくる。 「オシッコちびる!」 ただいまも言わずにランドセルを脱ぎ捨てて、トイレに飛び込んで行った。 「ふー、セーフ」 大は足首までズボンを下ろしたままで、リビングの入口で器用に足を抜いてズボンを脱いだ。 「マー君、どうしてズボン脱ぐかな」 「暑いから」 リビングのドアの前でカタツムリの抜け殻のようなズボンを見てため息が出る。 「洗濯機に入れてね、それで何か履いて」 「うわぁー!雨やあ」 私の言葉には無反応のまま、Tシャツに下着、靴下という変な格好の一年生がベランダのサッシに張り付くように外を見ていたとき、またインターフォン。 ガチャガチャと鍵の開く音がして、(ハジメ)が入って来た。 「ビチャビチャや!」 傘を持っていたはずの一はずぶ濡れ。 「お兄ちゃん、玄関で靴下脱いで!」 聞こえたかな? 二人はおやつを食べてようやく落ち着いたみたいだ。リビングのテーブルに並んで宿題をしている。 そんな姿を見ながら夕食の準備をする。今日はカレー。 窓の外は雨が降り続いている。 サラダの準備をする前に、お風呂掃除をしてお湯を張った。 「お兄ちゃん、宿題できたらお風呂入ってね」 リビングに向かって声をかけながらサラダを作る。 「ボクも入る!」 「マー君はお母さんとでしょ?」 レタスの芯を取りながら、リビングを見ずに応えた。 「マー、オレと入ろ」 子供部屋に下着を取りに行った一の手に、大の下着も持たれている。 「えー、お母さんとはいる」 そう言った大の手を取って立たせて、 「俺と入るの!赤ちゃんとちゃうやろ!」 一の言葉にドキッとしていた。 初めて兄弟二人だけでの入浴を済ませて、食卓に座った二人にカレーを出すと、 「いただきまーす」 と声を揃えて食べ始めてくれる。 私も食卓に着いた。 甘いカレー。 夫の分は、別鍋で辛口のルーで作ってある。食べるかどうかはわからないけれど。 広告をはじめ様々な企画制作をする夫の仕事は、世間では華やかだと思われている。でも、なにかを創るということは決して簡単ではないと思う。就業時間や休みなんて、あって無いようなもの。それでも彼が心底楽しそうなのは、本当に創ることが好きだからだと思う。 昇進の話を断り続けているのは、最前線に関わっていたいからに違いない。 役職は付かなくてもお給料は他の人達より高額だと思う。それは彼がいいものを創り続けているからだろう。そんな夫の才能を羨ましく思うと同時に誇りにも思っている。 ただ、私は少し疲れているかもしれない。 夫は会社に行っている時間以外でも、新しいものを創るために『人々の思考動向を探ること』に忙しい。遊ぶことも飲み歩くことも仕事の一部。それは他の業界の人達よりも顕著なんだと思う。 わかってはいるけれど、これ以上は自信がなかった。 「お母さん、お父さん迎えに行ったれよ」 なんだかとても生意気な言い方の一の声に我に返った。 「お父さん、傘持ってないやろ?」 どうして知ってるのだろう。 「どうして?」 「傘あるもん」 一が顎で示した先の食卓の上に、折り畳み傘があった。 「何時になるかわからないし、雨降ってたらタクシーで帰ってくるよ」 「今日は早く帰ってくると思う」 スプーンでカレーを口に運びながら、私の方は見ずに一が言う。 「どうして?」 「どうしても」 変な子。そう思って自分のスプーンを口に運んだとき、食卓の上に置いていた携帯にメール着信音。 (今から会社出る) ちょっと驚いて固まった。そんなメール、新婚の頃から貰ったことない。 「だれ〜?」 大が椅子に立ち上がりかける。 「こら、座って。・・お父さん」 狐につままれたような気持ちで一を見ると、素知らぬ顔でカレーを口に入れた。
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