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4、森家の傘
4年生の息子が発した離婚という言葉に、思わず夫婦で顔を見合わせた。
「どうしてそんなこと思ったの?」
私の質問に一は夫の方を見る。
「大丈夫、お母さんもお父さんも怒らないから言ってごらん」
夫の声も優しい。
その顔をちらっと見てから、一は口を開いた。
「奥谷くんがお父さん浮気してるって」
「なんだそりゃ?」
声も出ない私の代わりに浩さんが言った。
ポツポツと語り出した一の話は、社会科見学のときのこと。そういえば奥谷くんのお母さんに頼まれて、二人でCOCOONに行ったっけ。奥谷くんのご両親は、昨年離婚されていた。
「お父さん、女の人と相合傘で会社に帰ってきた。僕らと待ち合わせのとき」
「あぁ、急に降ってきたからな。喫茶店で借りた」
一は疑うような視線を父親に投げる。それでも夫は優しい表情で続きを促した。
「会社でお父さん、女の人たちのこと『ちゃん』とか『さん』とか付けて呼んでたのに、その人のことだけ、呼び捨てにしてた。お母さん呼ぶみたいに」
呼び捨て・・?
「千夏か?」
夫の目が一瞬見開いて、すぐに笑うように細くなり、またそれを堪えるように強くなった。
私も笑うのを堪える。一は真剣だ。
「何回も、チナツ、チナツって。奥谷くんが『あの人は森のお父さんの浮気相手だ』って」
堪えられなかった。浩さんも。二人で吹き出してしまった。
「すまん!笑うとこじゃないな」
そう言った夫に続く。
「ごめん、でもね千夏ちゃんはお父さんのチームの人よ。あなたも小さい時に抱っこしてもらったじゃない」
目をパチパチとしている一に、笑い終わった夫は真剣な表情を見せる。
「一、すまん。そんな誤解をさせて悪かった。でもな、奥谷くんの勘違いだ」
一はまだ上目遣いに夫を見る。
「一、今回のおまえの目論見がばれたひとつの理由はおまえが書いたメールだ」
そう言って、チラシの裏を広げてポケットからボールペンを出した。
「ここに漢字で傘って書いてみろ」
ボールペンを持った一は、そのまま固まる。
「わからないなら調べろ」
夫に言われて、わけがわからないプラス納得してない顔で辞書を開いた。
私も夫がしようとしていることはわからない。
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