アップデートスプリング

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萩花「ねえ、タバコある?」  柊 「あ、そこの緑っぽいシャツの胸ポケに入ってない?」  萩花「あ、あった、でも1本しか入ってない。」  柊 「あ、いいよ、吸って」  萩花「ありがと、最後の20本目ってうまいよね」  柊 「あ、今ベランダに灰皿無いわ、換気扇のとこにある」  萩花「あ、寒いもんね、でもあえてベランダで吸っていい?」    萩花は冬が好きだ。痩せていて寒がりなのに、冬こそ外にでたがる。彼女は細い体を震わせながら背を曲げ、タバコをひと吸いするたびに右足を微動させ、口から放つ白い流煙の行方を少しばかり視線で追う。私は美しいと感じながらその姿を室内から見ては、彼女が私の視線に気づかないように、彼女の右足の微動が終わるのを確認せずに視線を彼女からそらす。きっと彼女は私の視線に気付いているが、気づいていないふりをしている。彼女がまたひと吸いしようとしたのを確認して、換気扇の下にある灰皿を取ってから、私もベランダへ出た。 萩花「なんか冬って感じがしないな」 柊 「ん?」 萩花「君と出会った時は、もっとちゃんと冬だった」    萩花は私のことを君と呼ぶ。彼女は私の苗字は知っているが、名前を知らない。苗字で呼ぶには近すぎる関係であるし、かといって名前を聞くタイミングもなく、なんとなく君と呼ぶに落ち着いたらしかった。出会いが唐突であったし、彼女と関係を持ったのも出会いの直後であり、いつのまにか互いの家を行き来する関係になったので、名前を知らないまま共に時間を過ごすことに違和感は感じなかったが、もう彼女と出会って一年が経つことに気づき、名前すら知らない男と寝る彼女を今更不思議に思った。
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