31人が本棚に入れています
本棚に追加
第一話(4)
「わたし、『メアリーシェリー』のヴォーカルでした。もしかして聖螺のお友達ですか?」
男性は両目を大きく見開いた。薄い唇が「まさか」という形に動くのがわかった。
「あなたが……瑞夏さんですか。爆発に巻き込まれていなかったんだ」
男性は掠れ声で言った。わたしは男性のまなざしを受け止めつつ、きっぱりと頷いた。
「僕は百原佑。バーで働きながら大学院に行っています。もし嫌じゃなければ、聖螺のことを色々と聞かせてもらえませんか」
わたしは一瞬、返答をためらった。百原というこの青年は、はたしてどこまで信用できるのか。聖螺の友人とは言っても、わたしはこの人物の事を何も知らないのだ。
「あ……すいません、初対面なのに、いきなり図々しい事を言って」
わたしの強張った表情を警戒と捉えたのか、百原と名乗る青年はがらりと口調を変えた。
「いえ、そんなことはないです。わたしも聖螺のことで……いえ、今回の出来事について、色々と知りたいことがあるんです。どうしてこんなことになったのか」
「今回のことと言うと……爆発についてですか?」
わたしは頷いた。聖螺はあきらかに、何かを知っていた。この青年が彼女の抱えていた秘密に触れていたかどうかはともかく、話だけでもしてみたかった。
「僕は、爆発については何もわかりません。それでもよければ」
「それでいいです。聖螺についてあなたが知っていることを、聞かせてください」
「わかりました。僕が働いている店に行きましょう。『クリスタル・ベル』っていうバーですが、昼間はカフェになっています」
記憶のどこかで、火花が散った。知っている。そのお店にわたしは行ったことがある。
「ここから十分くらいのところですよね。以前、バンドの打ち合わせで聖螺と行きました」
わたしが言うと佑は「なるほど」という表情になった。よく見ると目尻がわずかに下がっていて、人懐っこさを感じないでもない。店にまで行ったのに、聖螺は佑の存在をわたしに教えてくれなかった。もちろん、紹介する義務などいっさいないのだが、なんとなく割り切れない気分だった。
「それじゃ、行きましょう」
そう言うと佑は先に立って歩き出した。歩き出そうとした瞬間、また右手の指先が痺れた。意外に早く歩く佑の背を追いながら、わたしは小さなしこりを持て余していた。
最初のコメントを投稿しよう!