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第四話 (22)
まずい。このままだと火勢より先に煙に巻かれてしまう。わたしの脳裏に、ライブハウスの爆発がありありと甦った。わたしは渾身の力でママの身体を引きずった。
「大丈夫か!」
突然、背後から男性の声が響いた。振り返ると、そこに意外な人物が立っていた。
「五道院さん!」
黒いジャンパー姿の玄人はわたしとママに駆け寄ると、ママの傍らにしゃがみ込んだ。
「すぐにここから脱出するんだ。いいね」
玄人は厳しい口調で言った。すると声に反応したのか、ママがうっすらと目を開いた。
「玄人……やっと来てくれたのね」
「ああ。遅くなってすまない」
わたしは耳を疑った。どういうこと?二人は知り合いだったの?
「十六年ぶりね。……あなた、ちっとも変わらないわ」
「麻理子、僕が間違っていた。あの時、草の根を分けてでも君を探し出すべきだった」
「それはもう言わないで。あの時はお互い、ああするしかなかったのよ」
ママは玄人の目を見つめ返し、ゆっくりとかぶりを振った。ママの目尻から涙が一筋流れ、頬を伝い落ちた。
十六年前?……探し出すべきだった?
わたしは混乱していた。玄人が十六年前に別れたママの恋人だとすると、その時ママのお腹にいた子供の父親ではないのか。ということは、わたしの……
わたしが玄人に向かって口を開きかけた、その時だった。わたしたちのすぐ近くでひときわ大きな火の手が上がった。
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