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第四話 (23)
「五道院さん、ママを二人で運び出しましょう。手伝って下さい」
わたしの呼びかけに、玄人は黙ってかぶりを振った。わたしは驚き、問いを放った。
「どうしてです?急がないと、ママが……」
「彼女は僕は助ける。君は先に脱出したまえ。僕らもあとから行く」
「だって、二人がかりのほうが早く……」
「こんな時で申し訳ないが、少しの間、二人きりにさせてくれ。警察なら僕がもう呼んである。……さあ、早く行くんだ」
わたしと玄人はしばし、見つめあった。この人が、わたしの、本当の……
「……わかりました。必ず来てくださいね」
わたしは強い口調で言った。玄人が頷くのを確かめて、わたしはママの手を握った。
「ママ、会えてよかった。わたしは先に行くけど、ママも後から必ず来てね」
ママは頷き、目を閉じた。わたしは踵を返すと、リビングの出入り口へと向かった。
いがらっぽい煙が部屋のあちこちから押し寄せ、わたしは咳込んだ。
建物を出て門の所までたどりついたわたしは、足を止めて背後を振り返った。
外見には炎こそ出ていなかったが、リビング全体に火が回るのは時間の問題だった。
どうして?……なぜ、出てこないの?早くしないと煙に巻かれて死んでしまうのに!
わたしは焦れながら待った。……が、入り口から二人が出てくる気配はなかった。その時、わたしの目はある一点に釘づけになった。二階の窓に、玄人と思しき人影が見えたのだ。
玄人はママを腕に抱きかかえているように見えた。――なぜ、二階に?
わたしは建物に向かって駆け出そうとした。その瞬間、かちりと音がして、門の鉄柵がロックされた。誰かが内部から施錠したのだった。
「どうして!」
わたしが叫ぶのと同時に、二階の窓のカーテンがさっと閉じられた。わたしは鉄柵を両手の拳で力任せに叩いた。やがて背後から救急車のサイレンが聞こえてきた。わたしはなすすべもなく、その場に膝から崩れ落ちた。
やっと――やっと会えたというのに――
わたしは嗚咽を漏らした。体中の細胞が、泣き叫んでいるような気がした。
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