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第一話(6)
「ええと、あの……亡くなったギターの聖螺さん、何度かお店に来ていて、私にも時々、話しかけてくれたんです。すごく格好良くて、落ち着いてて、とても私と同じ年とは思えないくらいでした。今度ぜひ、ライブを見に来てねって誘って下さったのに……こんなことになるなんて」
美和は声を震わせた。わたしは胸が熱くなるのを覚えた。ここにも聖螺を慕う人がいた。
「えっと、コーヒー。二つ」
涙声のまま、なおも言葉を継ごうとする美和を、佑がやんわりと制した。
「あ、ごめんなさい。ごゆっくり」
美和は慌てて詫びると、カウンターの向こう側に消えた。
「たしか以前、聖螺とここに来た時も、この席でした」
わたしが言うと、佑は頷いた。
「そうでしたね。覚えてます」
えっ、とわたしは声を上げた。あの時、同じフロアに佑もいたというのか。
「いらっしゃってたんですか、あの時」
「たまたまね。カフェのスタッフが足りなくて、出てくれって言われたんです」
実は能咲さんのことはあまり覚えていないんですが、と佑は苦笑交じりに詫びた。
「気づかなかったです、聖螺と仲のいい店員さんがいたなんて」
佑は淡々と言った。わたしの中で、あらためて疑問が膨れ上がった。ただの知人なら、ひと月以上も現場に花を手向けたりするだろうか。多少、腑に落ちない点があったにせよ、辛い出来事であれば尚の事、早く忘れようとするのが普通の感覚だろう。それなのにこの人は、聖螺についてさらに突っ込んだ話をしようとしている。疑問をそのままにしておけないほど、二人の結びつきは強かったという事か。恋人、という単語が脳裏をよぎった。
その時、わたしの右の手首にひときわ強い、じんっという痺れが走った。まただ。
次の瞬間、わたしは痺れの意味を理解していた。聖螺の思いが反応しているのだ。
この店に。……そして、佑に。
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