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序章(4)
「もうバッキングできなくなるけど、許してね。同じステージに立てなくても、ずっとわたしたちは一緒だよ」
そう言うと聖螺はわたしの腕に優しく唇をあてがった。次の瞬間、わたしは二の腕を通して、暖かく痺れるような何かが、自分の中に激しく流れ込んでくるのを感じた。
「なに、これ?どういうこと?」
「言ったでしょ、わたしの命をあげるって。でも……少し足りないかもしれない」
焼けただれた聖螺の横顔が、少しだけ悲しげに歪んだ。足りないって、なにが?
困惑しているわたしの耳にまた、ずる、ずる、という何かを引きずる音が飛び込んできた。次の瞬間、二つの顔が視界に現れた。
「間にあっ……て……良かった」
ベースの姫那と、ドラムの明日香だった。姫那は頭髪が焼け焦げてほとんど無くなり、明日香は頬の肉がえぐれて奥歯が覗いていた。
「聖螺だけ……じゃ、足りないわ。わたしたちの命も、受け取って」
そういうと、二人はそれぞれわたしの頭や大腿に顔を近づけた。柔らかな唇の感触とともに、先ほどと同じく熱い何かが体内に流れ込んでくるのがわかった。
「どうして?……みんな、なにをしているの?」
わたしの問いかけに、聖螺がやさしく応じた。「あとでわかるわ」
「あとでって……」
そう言いかけた時だった。轟音とともに、衝撃がフロア全体を揺さぶった。
「いよいよね。……瑞夏、もうすこししたら動けるようになるわ。スタッフルームの方から、外に出るのよ、いい?」
聖螺が確信に満ちた口調で言った。もう少しで動けるって……どういうこと?
「脚の方は、戻り始めてるから、大丈夫よ」
明日香が微笑んだ。ごぼっという音がして、頬の穴から黒い血が溢れだした。
「わたしが体を起こしてあげる」
姫那が手際よくわたしを抱き起した。そういえば彼女は介護科だった、とわたしは状況にそぐわない事を思った。改めて下半身を見たわたしは、思わず声を上げていた。半分以上、肉がえぐれていた右脚が、嘘のようにきれいに復元されていた。そればかりではない、ひじから先が失われていた右手が、完全に元に戻っていた。
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