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序章(5)
「どうして?」
混乱する私に、三人が同時に言った。「言ったでしょ、命をあげるって」
火勢が一段と強まり、開口部から吹き込んできた煙が室内に充満した。かすむ視界の中で、まず聖螺が、そして残りの二人がゆっくりと頽れて行った。
「みんな、死んじゃ駄目っ!」
わたしの呼びかけに、三人はうっすらと目を見開いた。倒れている三人の姿は、想像していた以上にひどい物だった。正螺は右腕と膝から下がなく、明日香も下半身がほぼ失われていた。姫那は顔の一部を除いて、全身が赤黒く焼けただれていた。全員、もう長くないのは一目瞭然だった。
「よかった……そこまで復元すれば、脱出できるわ。わたしたちのぶんも、生きて」
聖螺の言葉に、わたしは激しくかぶりを振った。
「いやよ。一人だけ助かるなんて、できわけないでしょ!」
「行くのよ。あなたには、やらなければならないことがある」
明日香が言った。わたしは泣きじゃくりながら「なんのこと?」と問い返した。
「それもあとでわかる。だから……逃げて。わたしたちの命を無駄にしないためにも」
姫那がそう言って焼けただれた腕を伸ばし、わたしを出口の方へ押しやろうとした。
「どうして……どうして?」
わたしは子供のように同じ問いを繰り返した。だが、それに対する返答はなかった。さっきまでわたしを力づけていた三人はすでにこと切れ、物言わぬ亡骸となっていた。
「こんなこと……ひどすぎる!」
わたしは燃え盛る炎の中で、泣きじゃくった。……ひとしきり泣いた後、わたしの両脚は出口の方へと動き出していた。看取ったばかりの友を葬ることもできず、その場に残してわたしはその場を去ろうとしていた。友の遺志を守るには、それしかなかった。
スタッフルームへと続くドアは燃えておらず、わたしは友の不思議な力によって復元された手で口と鼻を覆い、復元された脚でドアを目指した。
スタッフルームに、どうやら煙は充満していないようだった。わたしは恐る恐る足を踏み入れ、次の瞬間、驚きに声を失った。フロアの真ん中に、黒こげの人間が横たわっていたのだった。服装と体格から、わたしはその黒こげの人物が、事務所の社長であると直感した。
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