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第一話(1)
通り雨に洗われた路地が、黒く冷たい光を放っていた。
間口の狭い雑居ビルが身を寄せ合う一角には、トラックの排気ガスの臭いに混じって、ビニールを焼くようないがらっぽい臭いがただよっていた。駅前の目抜き通りからほんの一本、奥まっているだけなのに、ここには倦怠といらだちの臭いが濃く漂っている。
変わらない。わたしの大事な場所が失われても、ここは何も変わらない。
わたしは、ブルーシートですっぽりと覆われた建物の前で足を止めた。
ブルーシートの内側には、生々しい火災の後があるはずだった。ひと月前まで、ここはごくありふれた雑居ビルに過ぎなかった。それが、いまは真っ黒な残骸と化している。わたしと仲間たちが利用していたライブハウス『ディオダディ』も黒こげの伽藍洞だろう。
わたしは俯き、瞑目した。ほんのひと月前まで、わたしは仲間たちとここで歌っていた。ここは寄る辺ないわたしたちにとって、世界と戦うための前線基地であり、ホームであり、聖地だった。いまはもう、ここでわたしを待つ「仲間」はいない。突然起きた謎の爆発が、わたしからすべてを奪ったのだ。
友も、居場所もなくしたというのに、なぜ、わたしだけがこうして生きているのだろう。
墓標のようにそびえ立つ廃墟に向かって、わたしは問いを投げかけた。ひと月前のあの日、わたしは爆風に吹き飛ばされた消防隊員の身体の下で、意識を取り戻した。担架が運ばれてくる様子を遠巻きに眺めながら、わたしはすでにこと切れている消防士の下から抜け出し、その場を立ち去った。
なぜ、わたしは逃げ出したのだろう。あらためて振り返っても、よくわからない。
ただひとつ言えることは、あの場所にとどまることは、危険だということだった。
瓦礫の下から無残に焼け焦げた死体が運び出される中、なかば炭と化した衣服をまとった少女が自力で這い出してきたら、大いに人目を引いたに違いない。
しかもあれだけの爆発に巻き込まれて傷一つ、火傷ひとつ負っていないのだ。なんだかんだと理由をつけて身体を調べられるだろうことは、間違いなかった。
この身体には、誰も触れさせない。これは友たちがわたしにくれた身体だもの。
わたしは現場に残って警察やマスコミに興味を抱かれることを、本能的に避けようとしたのだった。
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