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第一話(2)
後髪を引かれる思いで現場を立ち去ったわたしは、ほど近い一角にある所属オフィスを目指した。オフィスは思った通り、無人だった。爆発事故の一報を受けた社員が全員、現場に直行していたからだ。
わたしは焼け焦げた衣服を脱ぐと、自分のロッカーからジャージの上下とウィンドブレーカーを引っ張り出した。以前、オフィスに泊まった際に置いてきたものだ。わたしは素早く着替えを済ませると、脱いだ衣服を黒いごみ袋に詰め、オフィスを出た。本当はシャワーを浴びたかったが、断念せざるを得なかった。余計な痕跡を残してゆくわけにはいかないからだ。
現場から二駅ほど離れたコインシャワーで火災の痕跡を洗い流し、騒ぎが静まるのを待って、わたしは現場に戻った。黒煙を上げるビルを遠巻きに眺めているうちに、一度は止まった涙が堰を切ったようにあふれ出してきた。
わたしは、あの中で死んだのだ。
ごめんね。みんな。おきざりにして、ごめんね。
やがて、やじ馬に埋もれて泣きじゃくっているわたしを所属事務所のスタッフが発見した。「良かった、今日は出演していなかったんですね」両目を潤ませてそう言うスタッフに、わたしはなんと返してよいかわからず、ただ黙ってかぶりを振り続けた。
わたしは卑怯者だ。でも、このままのうのうと生きてゆくつもりはない。友たちがなぜ、わたしを生かそうとしたのか、そしてママがいまわの際に呟いた「かたきを取る」という言葉の意味を知るまで、わたしに与えられた役割を果たし終えるまで、死ねないだけだ。
待ってて。みんな。何が起きたかを突き止めたら、わたしもすぐそっちに行くからね。
わたしは心の中で墓標に別れを告げた。踵を返そうとしたその時、わたしの目はある人物に吸い寄せられた。その人物はブルーシートで覆われた廃墟の傍らで、身を潜めるようにして花を手向けていた。
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